ShiningStar
「今ははっきりした基準もできて、もっと細かくなってるみたいだけど、一から六ってのが、昔の人が決めた星の明るさだ」
「ふーん」
夕刻、ここで陸は泣いて眠ってしまっていた。士郎とアーチャーの心配をよそに、少し前に目を覚ました陸は、もう泣きはしなかった。
(本当に、できたガキだな……)
その心の強さを、アーチャーは羨ましいと思う。
ともすれば喉まで出かかる言葉を飲み込み、士郎に触れていたいと思う自身にため息をついてしまう。
「陸、未来ってさ、いくつもあるんだ」
「未来?」
「星は無数にある。気づかない星も、今、俺たちに見えていない星だってある。同じように未来は無数にある。だから、未来は一つじゃない。未来に続く道はさ、一本だけじゃない。そこの箒みたいに、たくさんの道に分かれているんだ。だけど、今の陸には、二、三本の道しかない」
「どうして?」
「陸の中には、ちょっと変わった神様がいるんだ。陸を助けてくれるかもしれないし、酷い目に遭わせるかもしれない。今のところ、加茂家がその神様には詳しいから、色々な話を聞いておくといい。それから陸は、その神様と友達になれ。そうすれば、陸の未来は、もっとたくさんの道に分かれていく。加茂家の一族だからって、陰陽師になるだけがお前の未来じゃない。お前がやりたいことをやればいいんだ」
「やりたい、こと……?」
エミヤシロウ――士郎とアーチャーが、呪いのような未来を決定付けられた縁側で、士郎は陸に未来を示した。
「誰だって、一等星になれるんだぞ、陸」
「いっとうせいに?」
「みんなの一等星になることも、誰か一人の一等星になることもできるんだ」
笑う士郎を見上げ、陸は瞬くことも忘れたように、士郎の言葉を聞いている。
「俺たちみたいな六等星でもさ、誰かにとっての一等星になれるんだからな」
「だれかに、とって……」
陸は士郎の言葉を繰り返して、庭に目を向ける。何ごとかを考えている様子だ。
(確かに、オレたちは見失うことのない一等星ではないな……)
小さな笑みを浮かべたアーチャーを、士郎が手招きしている。傍に近づいたアーチャーの肩を士郎は引き寄せた。
「俺にとって、アーチャーがそうであるように、な」
耳に囁く士郎のその言葉で、胸に熱が灯る。アーチャーは何も言えずに頷くだけだった。
「しろー、おれ……」
陸が決心したように顔を上げて、二人を振り返った。
「おれには、しろーとアーチャーが、いっとうせいだよ」
目を丸くした二人は、やがて笑顔になる。
陸は二人の首に細い腕を回して、ぎゅ、と抱きしめた。
「おれ、だいすきだよ、しろーとアーチャーが!」
「ありがとな、陸」
「ありがとう、陸」
涙はなかった。
消えないで、と陸は心で叫んでいた。アーチャーと同じように。
そして士郎は、ここにいたい、と思うだけ。
衛宮邸の縁側で、三人で笑って夜更けまで。
時を惜しむように、早春の夜を過ごした。
*** さよなら!(サヨナラから5404日) ***
重い扉を開けて、陸は埃に顔を顰める。
「は……、相変わらずだなぁ」
空気は乾いているのに、湿っぽい気配が満ちている。
「士郎ってば……」
週に一度の空気の入れ替えを行う度、陸は土蔵の中の残存思念に苦笑する。
士郎はここで怨念を吐いていた。
怒りも悲しみも憤りも苦しみも、そして、アーチャーへの抑えきれない想いを、この土蔵に閉じ込めていた。
『消えたくない』『まだ、ここにいたい』『ごめんな、アーチャー』とは常だ。それから、『陸を見守っていたかった』と寂しげな想い。
「そんなふうに思ってくれていただけで、おれは十分だよ、士郎」
そして、何よりもアーチャーへの切ない想いが苦しいほどに陸の胸を締めつける。
「辛かっただろうな、士郎……」
好きだとか、愛しているだとかは、もう数え切れないほど溢れていて、その中で何よりも切ないのが『離れたくない』という想いだった。
子供のように士郎の想いは、ただ傍にいたいんだ、と訴えている。
「あー、ダメダメ、ここの想いに飲まれちゃダメだ!」
陸は深呼吸とともに、柏手を打つ。
一瞬で土蔵の空気感が変わる。こうして毎週のように浄化をしているが、一週間ほどでまた戻ってしまう。少しずつ士郎の怨念も薄れてきてはいるが、それでも二年にわたる深い苦しみの怨念は、そうそう消えることがないようだ。
「士郎は今、幸せだろ?」
側にうっすらと見える、士郎の残像に陸は笑顔を見せる。
蹲って膝を抱えた士郎の残像は、子供のように泣き腫らした顔を上げて、やがて、すぅ、と消える。
いくつもこんな残像を陸は見送っている。
際限がないのではないかと思うほど、士郎の残像が土蔵には残っていた。
「士郎に会えるのはうれしいんだけど、こんな悲しい姿はさ、おれも気が滅入っちゃうから……」
二度、柏手を打ち、深く呼吸を繰り返す。
陸はこの土蔵の完全な浄化を決めた。今までやろうと思えばできた浄化をしなかったのは、どこかで士郎の面影を陸が追っていたからだ。
だが、先日、内宮の秘鏡の向こうで見た士郎の姿に、もうここに用はない、と悟った。
「士郎はもう、泣いてなんかいない。アーチャーと笑ってるんだから!」
呪を編んで、五芒星を掌に作り出す。次第に大きくなった五芒星は土蔵の床に広がった。
光を放ちはじめた五芒星に、全ての怨念が吸い込まれていく。士郎の姿も全ての想いも。
やがて、五芒星の光が薄れていくその時、
『陸!』
士郎の残像が笑って、陸を呼んだ。
「士郎……」
加茂家に初めて陸を訪ねてきた士郎の姿だった。
その笑顔で自分の世界が変わっていったのを、陸は今も忘れていない。
残像は一瞬で光の粒となった。
まるで星屑のように、あの夜に見た流星のように流れ落ちていく光の粒。
見つめる陸の目から涙があふれた。
「っ、さよ……なら、士郎、アーチャー……」
もう温もりを感じることのできない二人に言って、陸は涙を拭う。
深く呼吸をして嗚咽を逃す。
「さよなら!」
笑顔で告げた。
ShiningStar ――After Tomorrow episode R 了(2016/4/20初出・6/1,10/31誤字訂正)
作品名:ShiningStar 作家名:さやけ