ShiningStar
かしょ、とプルタブを起こす音が同時に車内に響き、互いの視線がぶつかる。
「ちっ」
「チッ」
これまた同時にハモった舌打ちに、車内の空気は悶々としはじめた。
「なんで……ハモってんだよ……」
窓に向けて発したため息交じりの士郎の呟きは、アーチャーも心の中で呟いたもので……。
「くっ……」
抑えた笑いに、士郎が目を据わらせつつ、アーチャーを振り向く。
「なに……笑ってんだよ……」
「ああ、いや、なに、オレたちは、切るに切れないものなのだと、思ってな」
「…………同感」
諦めたのか、士郎も笑い出した。
しばらく、車内は笑い声に包まれていた。
「う……」
士郎が突然、呻く。
「どうした?」
アーチャーがやや背を起こして、士郎を覗き込むと、
「あっま……」
舌を出して、げんなりしている。
「当然だろう。それをわかっていて選んだのだろうが……」
「ああ、うん、そう、だけどさ」
ちら、とアーチャーの持つブラックコーヒーに目を向け、士郎はアーチャーの手ごと缶を握り、
「口直し」
「な、貴様!」
アーチャーが制止する間もなく、こく、と一口飲んでしまう。
「あー、ちょうどいいー」
「勝手に飲むな」
不機嫌に眉間にシワを刻んだアーチャーに、
「いいだろー、一口くらい」
と悪びれもせずに返す。
「まったく」
士郎に掴まれた手を引き戻すと、ずい、と士郎の持つ甘いミルクティーがアーチャーの目の前に差し出される。
「なんだ」
「一口飲んじゃったし、やる」
「いらん」
「いいから、いいから、甘くておいしいぞー」
「甘すぎて、の間違いだろうが」
「うん、そうだけど」
士郎は諦めたのか、アーチャーの顔の前からミルクティーの缶を引いた。
呆れながら残り僅かなブラックコーヒーを飲み干し、カップホルダーに空き缶を置いた途端、士郎に顎を取られ、アーチャーは咄嗟に防ぐことができなかった。
「っ……」
温い液体が口の中に甘さを広げていく。ざらついた舌も甘い。
ブラックコーヒーの苦味など一瞬で消し去られてしまい、アーチャーは眉間にシワを寄せるが、士郎の身体を引き寄せて、その唇を味わうことにした。
「っ、は……、甘くて、おいしい、だろ?」
僅かに弾んだ息で言う士郎にアーチャーは頷いて、その唇に噛みついた。
「もう夜明けか」
アーチャーの呟きに頷きながら、士郎はこの山よりも低い山の向こうが、次第に赤く染まっていく空を見ていた。
士郎が夜明けを見るのは、いつも虚しさを感じながらだった。アーチャーが消えていったあの夜明けが拭っても拭っても消えぬ虚無に包まれた記憶だった。
「アーチャーがいるだけで、違って見えんだな……」
士郎の呟きの意味をアーチャーは解することができない。
士郎がアーチャーを追い続けた十年間を知らないアーチャーには、こんな美しい夜明けを、虚無を感じて迎えていた士郎の真実がわからない。
静かに夜が明けていく。
何も言葉は交わさない。
朝日が鋭い日差しを地に広げていく。
その輝きを受けた鈍色の瞳と琥珀色の瞳が合わせ鏡のように向かい合う。
「幸せだなって、思うんだ、俺……」
少し驚いたように見開かれたアーチャーの目は、やがて、ふ、と優しく細められた。
「それは、よかった……」
士郎が幸せだと思っているのならば、それだけでいい、と、アーチャーは思うことにしている。
アーチャーは何も問うことができない。
そして、士郎も何も言わない。
互いにたくさんの想いを募らせていながら、それを言葉にする時はないと二人はわかっている。
期限まで、半年を切った。
その現実をアーチャーは身を削がれる思いで感じている。失う恐怖が次第に大きくなる。
士郎もやはり消える恐怖に怯えていた。涙がどうしようもなく溢れてしまうのを止められない。アーチャーに抱きしめられて止まる時もあれば、余計に涙が止まらない時もある。
傍にいたいと、まだここに陸と三人でいたいと、口に出せない想いを士郎は何度も何度も胸の奥底に沈めてきた。その代わりに涙がこぼれていくことも、士郎にはわかっていることだ。
肩が触れ、指先が触れ合う。掌が重って指を絡めて握り合う。
――抱きしめたい……。
互いにそう思いながら、今この時は、手を握り合うだけでと、その温もりを伝え合うだけでと、暁の中の沈黙は、首肯に他ならなかった。
*** 春の宵(サヨナラまで41日) ***
「もっと泣き叫ぶと思ってた……」
眠ってしまった陸に膝枕をしながら、士郎は微笑を浮かべる。
「できたガキだからな、陸は」
「ああ、そうだな……」
陸の頭をそっと撫で、目尻に残った涙の痕を拭う。
士郎は、陸に話した。もうすぐ消えてしまうことを。
陸は静かに聞いていた。そうして、涙を落とした。頷きながら、不平も不満も、士郎を責めることも、どうしてだと訊くこともせず、陸は何度も涙を拭いながら、ただ、さみしい、とだけこぼした。
「どこかでわかってたのかもな。陸は、察しがいいからさ」
寂しげに笑う士郎の横顔をアーチャーは見つめ、縁側についていた士郎の指先に触れる。
「陸と遠坂のこと頼むな。お前にしか、頼めない」
「ああ。凛と契約して、陸を一人前にする」
「アーチャー、ご……、ありがとな」
アーチャーに顔を向けた士郎は笑った。謝罪の言葉を感謝に変えて。
最高の笑顔だとアーチャーは思った。だが、その目尻からは雫がこぼれていった。
「心配することなどない。お前も知っている通り、陸は見た目ほど子供ではない。オレたちよりも、きっと大物になる」
「はは……、言えてる」
「礼を言うのはオレの方だ。士郎、こんな時間をくれて、ありがとう」
アーチャーも笑う。士郎が驚くほどの笑顔で。
「アーチャー、あ……」
「あ?」
「あ、あり、……がとな」
「さっきも聞いたが?」
「な、何回でも、言いたいんだよ……」
目を逸らして、少しムッとした士郎を見つめながら、少しだけアーチャーは妄想に耽る。
(愛していると、言おうとしたのだったら……)
うれしい限りだ。
だが、そんな言葉は絶対に出てはこない。アーチャーは知っている。士郎が何も伝えずに消えるつもりでいることを。
(オレも、伝えることはない……)
どんなに喉まで出かかっても、その言葉は士郎を苦しめるだけだと知っているから。
「士郎」
瞬いてこちらを見つめる琥珀色。
そこに映る自身の姿を、あとどのくらい見ることができるのだろうか、と、アーチャーは焦燥を感じずにはいられない。
「アーチャー?」
呼んだものの、何も言わないアーチャーに、痺れを切らした士郎が訊き返す。
「ああ、誓いを……」
「誓い? んっ」
口づけられて驚く士郎の手を握り、陸の頭に載せたままのもう一方の手に手を重ね、アーチャーは誓うために口づける。
陸を見守っていくと、凛を支えると。
そして、言葉にはできない、愛している、と想いをこめて。
「星はさぁ、明るいのと暗いのがあるだろ?」
「うん」
「一番明るいのが、一等星って言うんだ」
「いっとうせい?」
「そ。そんで暗いのが六等星な」
「ろく、とうせい?」
作品名:ShiningStar 作家名:さやけ