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テニスの王子様 10年後の王子様

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「じゃあ、俺いくから」

卒業式が終わり皆が惜別の涙を流す中、少年はあっさりと別れの言葉を同級生の少女に告げる。精いっぱいの勇気を出して「あ、あのっ・・リ、リョーマく・・ん、私・・あの・・」と話しかけてきた彼女に対して。

「えっ?い、いくって・・ も、もうなの?本当に、アメリカにいっちゃうの?」

少年はくるりとまわって少女に背を向けながら「まあね」と短く答えて、そのまま歩き出そうとする。その背中に少女は叫ぶ「いつか・・いつか会えるよね!私たち、また・・」

 3年間ずっと恋していた彼の姿が消えていきそうになっているのは、彼がかまわずに歩いているからかそれとも彼女の涙が視界をぼやかせているからか。彼女は後悔する。とうとう想いを告げることができなかった、と。

 

 そのとき 

 崩れ落ちそうになる彼女の耳に飛び込んできたのは確かに彼の声だった。

「竜崎が待っているんなら・・逢えると思うけど?」

え?・・今、リョーマくんが言ったこと・・え!?

慌てて涙を拭い視界の先に彼を探したが、もう少年の姿はなかった。(行っちゃった・・本当に会えるのかな、リョーマくんに。でも、リョーマくんは私に嘘をついたことないもの。私・・待つ!)

 

そんな、ほのかな約束が少年と少女の間で交わされた15の春

それぞれの希望と夢を抱いて彼はアメリカに渡り、彼女は青春学園の高等部に進学した。

そして7年の月日が流れた・・



20××年8月 アメリカ ロサンゼルス国際空港に一人の日本人女性が迷子になっていた。

「あーんもう・・空港からどうやって出ればいいの?いくらなんでも広すぎるよぉ・・」

大学の英文科は出たが、やはり本場では気おくれがしてしまう。くわえて桜乃は方向音痴。初めてのアメリカは彼女には荷が重かった。ヨーロッパには語学留学で2度ほど行ったが一人での海外は初めて。

『ねえ、なんでアメリカにはいかないの?』と親友の朋香には何度も言われた。今までその機会がなかったわけじゃない、でも。

(リョーマくんは待ってろって言ったんだもの。ずっと信じてた。そしたらこの手紙が)

彼女のハンドバッグの中には一通のエアメールが入っている。あの卒業式の日以来、電話はおろかメールすらなかったリョーマからの初めての手紙。7年間一度も会えなかった彼からの手紙には、簡単な住所だけが書かれていた。で、電話番号も手紙を送った意図も無し。それでも彼女は来た。ずっと待っていたことを伝えに。(絶対会える!)

 ようやく空港の外に出てタクシーを捕まえて、運転手に手紙に書かれた住所を告げるとある公園までつれていかれた。「ここからそんなに離れていないのは確かなのね。いざとなったらこの写真を見せて・・」と桜乃は中学時代のリョーマの写真を見つめる。7年の間にずいぶん(自分もだけど)成長しただろうけど、自分の記憶にあるのはずっとこの顔。「面影はあるだろうから・・わかるよね、きっと!。で、この公園を出て左だっけ?早く会いたいなあ」

 そう言いながら桜乃は公園を出て・・右方向に進んでいく。鼻歌なんか歌いながら。


「ふうーん・・相変わらずなんだ。・・追いかけて声かけて大きな声出されても面倒だしね。ま、ぐるっとまわってくれば会うはずだから、大丈夫か」

 教えられたのとは違う方向にあるいていく彼女を見てリョーマは初めて桜乃と会ったときのことを思いだす。10年前のあの日を。(ま、いっか・・)




20××年6月 日本

「えっ?桃も海堂もビールじゃなくていいのかい?飲み放題でかまわないんだけど?」と河村はびっくりした顔でカウンターの二人に聞く。ここ河村寿司の常連である二人はそれなりに酒を飲み、そして喧嘩をする。中学以来の仲は大人になっても続いていた。ちなみに海堂は父親と同じ銀行員。なぜか年寄りウケが良く営業成績もなかなかのもの。桃城は後輩のカチローの父が勤めるテニスクラブのコーチになっていた。

「いいっすよ、タカさん。祝杯をあげるのは手塚先輩の優勝を見届けてからっすから。明日は休みにしてきましたから、もうじゃんじゃん飲むっすよ!」

「うっせえな、桃城!もう手塚先輩がテレビに映ってんだ、静かに見てろ!」

「まあまあ二人とも。あ、ほんとだ・・手塚の顔、久しぶりに見たけど・・変わってない・・のか?」

河村寿司のテレビではウィンブルドン選手権決勝の中継が始まっていた。8年前にプロになった手塚はここ何年かは4大国際大会でもベスト8どまりではあった。が、今年のこの全英オープンでは何かが違っていた。ほとんどストレートで勝ち進み、初めて決勝まできたのである。

「やっぱり、結婚したことが大きかったんじゃない?」と涼やかな声が聞こえた。

「不二!間に合ってよかったよ、さあ座って」

河村が不二の席を用意する。「ありがとうタカさん。ああ、ボクもビールは後でいいよ」

「あ、不二先輩は手塚先輩の結婚式に出たんでしたっけ。奥さんてドイツ人なんですよね?綺麗な人っすか」

「たまたま仕事で向こうへいく用事があったもんでね。今日は結婚式の写真も持ってきたんだ。ほら、これ」

「その写真には大いに興味があるよ。キミもそうだろ、英二」「あったりまえじゃん!あの手塚が最初に結婚するなんてほんとびっくりだよ!」

「あ、乾先輩と英二先輩もきたんすか。ほら桃城!先輩に席をあけろよ!」

「いいっていいって!別に気をつわなくてもさ。あ、タカさん。俺たちもウーロン茶ね」

そして乾と菊丸が加わる。この二人は同じ食品会社に就職。主に飲料開発担当で質の乾、味の菊丸と言われてるとかいわれてないとか・・

「ほら、この写真。手塚が唯一笑ってる写真だよ。」そう不二に言われてみんなが覗き込む。手塚に向かって小さい女の子が駆け寄ってきて、そして手塚が抱きしめようとしている写真だった。

「えっ?この子は手塚の子・・なの?まさかでしょ!?」あの手塚が結婚前に子供を作るなんてありえない・・と誰もが思った。

「・・この子はね、奥さんの亡くなった旦那さんとの間の子供なんだよ。奥さんは手塚より5歳年上でね。手塚とその亡くなった旦那さんは親しかったらしい。その人から奥さんを託された・・ってとこかな。ずいぶんと悩んだらしいけどね、お互いに。」

 お互いの間に好意がなかったわけじゃない。それは決して不実な気持ちだったわけでもない。夫の死の間際の遺言は誰しもが聞いていた。反対する人もいなかった。だが二人は気持ちのケジメがつけられなかった。だが・・

「手紙が・・出てきたんだって。亡くなった人が生前・・病気になった早い段階で書いたものらしい。妻と子供を頼むと。それが結婚という形なら尚さら嬉しいって。妻と子の幸せが自分の喜びで、それを頼みたい相手は手塚しかいないから・・って」だって僕は君のことも大好きだったんだよ、大切な親友として。なあ、君もそうなんだろ手塚。・・そうおどけた感じでしかし強い思いがこもったその手紙に後押しされるかのように、二人は結婚した。親友の死から3年が過ぎていた。

「いいっすねえ。俺もそんな恋がしてみたかったっす」と桃城が鼻をすすりあげながら言う。