ホットドッグ兄さん【スパコミ25 無配】
*****
「うおっ、これピクルスか? たっぷりだなー」
売店で注文したホットドッグを受け取りながら、エドワードが感嘆の声をあげた。
「ほんとだ、山盛りだね」
アルフォンスも兄の手元を覗き込んで言った。バンズからはみ出すような長いウインナーの上に、細かく刻んだピクルスが包んだ紙から溢れんばかりに乗っていた。
「ピクルス乗せって初めてじゃない?」
「そうだな」
エドワードは頷きながら、一緒に注文したオレンジジュースを手に取った。そして、空いている席を見つけてアルフォンスと共に座る。
このホットドッグには、ケチャップなどのソースは乗っていなかった。代わりに、テーブルの上に大きなケチャップとマスタードの容器が置いてある。お好みでどうぞ、ということなのだろう。
エドワードはまずはそのまま一口、ぱくりと齧り付いた。ぱりっと歯ごたえのいいソーセージと、カリカリしたピクルスがいい食感だ。
「味はどう? 兄さん」
アルフォンスがそわそわと急くように聞いてきたが、よく咀嚼して飲み込んでからエドワードは口を開く。
「うまい。けど、けっこう酸っぱい」
「あはは、それだけピクルスあるとね」
エドワードは一旦ホットドッグをテーブルに置くと、オレンジジュースを飲んでひと息つく。
「でもこれならケチャップの甘みが合いそうだ」
そう言ってケチャップの容器に手を伸ばした。そしてちょっと乗せすぎじゃないかというほど、たっぷりとケチャップを全体に振りかけた。そして再びあんぐりと口を開けて、ホットドッグに食らいつく。
「うしし、ばっちり」
エドワードは満面の笑みを浮かべた。その笑顔を見るとアルフォンスも幸せな気持ちになる。自分が美味しいものを食べたような満足感が味わえるのだ。
それからエドワードはさらに手を伸ばして、今度はマスタードの容器を手に取った。それは黄色いペースト状のよく見かける種類のものだ。エドワードはツンとした辛さがあまり得意ではなかったので、以前はマスタードを殆ど付けなかった。試してみることすらしなかったように思う。
だが――。
「この酸味と甘みがあれば、このタイプのマスタードが合うかもな」
そんな料理評論家じみた発言をしつつ、黄色いマスタードを少しだけケチャップの上に乗せる。そしてその部分を齧りじっくりと味わう。
「うん、これくらいなら辛すぎないし、いいアクセントになってるな」
エドワードは先ほどよりさらに満足そうな表情になり、食べることに専念し始めた。
アルフォンスはそんな表情をする兄を邪魔をしないよう、そっと見守った。
最近、エドワードはあちこちのホットドッグを食べ比べていた。同じ町の中でも、違う店を探して買うようにしている。もちろん、時間に余裕がある時に限ってだが。
そして最初は必ず、その店の定番のものやお勧めを注文するようにしていた。以前ならば、メニューなど見ずに「ホットドッグ」と言って出てくるものなら何でもいいという感じだったのだ。食べるのもせかせかと詰め込んでいて、味わったりなどしていなかった。
けれど今は具やパンの種類、ソーセージの味や焼き加減まで興味を持つようになった。
アルフォンスはそのことを嬉しく思う。
兄が食事のできない自分に遠慮して……いや、罪悪感を持っているらしいことはわかっていた。それで、特に自分の前ではゆっくり食事をしようとしないことを。
けれど、そのことを自分が指摘することはできなかった。結果的に兄を責めてしまうことになり、ますます食べることをおざなりにするようになりそうで怖かったのだ。
だが、いつの頃からかエドワードは一部の食べ物については関心を持つようになり、好んで食べるようになった。それがホットドッグであり、マスタードだった。
そしてそれが自分達の保護者的な立場にある、あの大人がきっかけなのだということも、アルフォンスには分かっていた。
あの大人――ロイ・マスタング大佐に影響されて、あるいは対抗心を持つことで興味を持ち始めたのだ。兄は絶対、認めないだろうけれど。
おそらく大佐は出会ってすぐの頃から、エドワードが食べることに対して罪悪感を持っていることに気づいていた。
会う度にエドワードをお茶や食事に誘うのは、わざとなのだと思う。敢えてアルフォンスがいる前で声をかけるのも。
――兄さんはいつもすごく嫌がっているけど、僕はとても嬉しいよ。嬉しいんだよ、兄さん――
「ホットドッグって、パンとソーセージのイメージしかなかったけど、こうしてみると具とかソースとか、種類もけっこういろいろあるものなんだねえ」
アルフォンスは『元の身体に戻ったら食べたい物リスト』にエドワードが今日食べていたホットドッグのことを書き込みなから言った。
「ケチャップじゃなくて野菜たっぷりのトマトソースとか、アボカドソースのとかあったな。溶けたチーズが乗ったやつも、熱々で美味かった。具がコールスローってのもあったなあ」
エドワードは食べた時を思い出しているかのように、顔を綻ばせながら次々と話す。
「けど、マスタードが合うのはやっぱり定番のシンプルなやつが一番だな」
「前なんか避けてるくらいだったのに、今は随分と好きになったんだねえ。マスタング……じゃなかったマスタード」
「何故そこを言い間違えるんだ、弟よ!」
「あはは、なんでかなー。だって似てるじゃないか。語呂も綴りも」
――もちろんわざと言い間違えてるんだけど、事実としてあながち間違ってもいないんじゃない?――
渋々という体は崩さないものの、大佐の食事の誘いに乗る機会が以前よりも格段に増えたのだ。
大佐にとっては、野良猫を手なづけるような感覚なのかもしれない。だけど、関心のない人間にわざわざそんな手間をかける人には思えない。それに兄と食事をしている時の大佐はとても楽しそうに見える。
エドワードが内心は楽しそうで、相手をする大佐も楽しんでくれているのなら、アルフォンスにとっても楽しいし嬉しいことだった。
「何とかを掴むには胃袋から……なんて言うものね」
――がっちり掴まれておくといいよ、兄さん――
「明日行く町には美味しいホットドッグ屋あるかなあ」
「あるといいね、兄さん」
アルフォンスが心の中で不穏なことを考えているなんて、思いもよらないエドワードなのであった。
「うおっ、これピクルスか? たっぷりだなー」
売店で注文したホットドッグを受け取りながら、エドワードが感嘆の声をあげた。
「ほんとだ、山盛りだね」
アルフォンスも兄の手元を覗き込んで言った。バンズからはみ出すような長いウインナーの上に、細かく刻んだピクルスが包んだ紙から溢れんばかりに乗っていた。
「ピクルス乗せって初めてじゃない?」
「そうだな」
エドワードは頷きながら、一緒に注文したオレンジジュースを手に取った。そして、空いている席を見つけてアルフォンスと共に座る。
このホットドッグには、ケチャップなどのソースは乗っていなかった。代わりに、テーブルの上に大きなケチャップとマスタードの容器が置いてある。お好みでどうぞ、ということなのだろう。
エドワードはまずはそのまま一口、ぱくりと齧り付いた。ぱりっと歯ごたえのいいソーセージと、カリカリしたピクルスがいい食感だ。
「味はどう? 兄さん」
アルフォンスがそわそわと急くように聞いてきたが、よく咀嚼して飲み込んでからエドワードは口を開く。
「うまい。けど、けっこう酸っぱい」
「あはは、それだけピクルスあるとね」
エドワードは一旦ホットドッグをテーブルに置くと、オレンジジュースを飲んでひと息つく。
「でもこれならケチャップの甘みが合いそうだ」
そう言ってケチャップの容器に手を伸ばした。そしてちょっと乗せすぎじゃないかというほど、たっぷりとケチャップを全体に振りかけた。そして再びあんぐりと口を開けて、ホットドッグに食らいつく。
「うしし、ばっちり」
エドワードは満面の笑みを浮かべた。その笑顔を見るとアルフォンスも幸せな気持ちになる。自分が美味しいものを食べたような満足感が味わえるのだ。
それからエドワードはさらに手を伸ばして、今度はマスタードの容器を手に取った。それは黄色いペースト状のよく見かける種類のものだ。エドワードはツンとした辛さがあまり得意ではなかったので、以前はマスタードを殆ど付けなかった。試してみることすらしなかったように思う。
だが――。
「この酸味と甘みがあれば、このタイプのマスタードが合うかもな」
そんな料理評論家じみた発言をしつつ、黄色いマスタードを少しだけケチャップの上に乗せる。そしてその部分を齧りじっくりと味わう。
「うん、これくらいなら辛すぎないし、いいアクセントになってるな」
エドワードは先ほどよりさらに満足そうな表情になり、食べることに専念し始めた。
アルフォンスはそんな表情をする兄を邪魔をしないよう、そっと見守った。
最近、エドワードはあちこちのホットドッグを食べ比べていた。同じ町の中でも、違う店を探して買うようにしている。もちろん、時間に余裕がある時に限ってだが。
そして最初は必ず、その店の定番のものやお勧めを注文するようにしていた。以前ならば、メニューなど見ずに「ホットドッグ」と言って出てくるものなら何でもいいという感じだったのだ。食べるのもせかせかと詰め込んでいて、味わったりなどしていなかった。
けれど今は具やパンの種類、ソーセージの味や焼き加減まで興味を持つようになった。
アルフォンスはそのことを嬉しく思う。
兄が食事のできない自分に遠慮して……いや、罪悪感を持っているらしいことはわかっていた。それで、特に自分の前ではゆっくり食事をしようとしないことを。
けれど、そのことを自分が指摘することはできなかった。結果的に兄を責めてしまうことになり、ますます食べることをおざなりにするようになりそうで怖かったのだ。
だが、いつの頃からかエドワードは一部の食べ物については関心を持つようになり、好んで食べるようになった。それがホットドッグであり、マスタードだった。
そしてそれが自分達の保護者的な立場にある、あの大人がきっかけなのだということも、アルフォンスには分かっていた。
あの大人――ロイ・マスタング大佐に影響されて、あるいは対抗心を持つことで興味を持ち始めたのだ。兄は絶対、認めないだろうけれど。
おそらく大佐は出会ってすぐの頃から、エドワードが食べることに対して罪悪感を持っていることに気づいていた。
会う度にエドワードをお茶や食事に誘うのは、わざとなのだと思う。敢えてアルフォンスがいる前で声をかけるのも。
――兄さんはいつもすごく嫌がっているけど、僕はとても嬉しいよ。嬉しいんだよ、兄さん――
「ホットドッグって、パンとソーセージのイメージしかなかったけど、こうしてみると具とかソースとか、種類もけっこういろいろあるものなんだねえ」
アルフォンスは『元の身体に戻ったら食べたい物リスト』にエドワードが今日食べていたホットドッグのことを書き込みなから言った。
「ケチャップじゃなくて野菜たっぷりのトマトソースとか、アボカドソースのとかあったな。溶けたチーズが乗ったやつも、熱々で美味かった。具がコールスローってのもあったなあ」
エドワードは食べた時を思い出しているかのように、顔を綻ばせながら次々と話す。
「けど、マスタードが合うのはやっぱり定番のシンプルなやつが一番だな」
「前なんか避けてるくらいだったのに、今は随分と好きになったんだねえ。マスタング……じゃなかったマスタード」
「何故そこを言い間違えるんだ、弟よ!」
「あはは、なんでかなー。だって似てるじゃないか。語呂も綴りも」
――もちろんわざと言い間違えてるんだけど、事実としてあながち間違ってもいないんじゃない?――
渋々という体は崩さないものの、大佐の食事の誘いに乗る機会が以前よりも格段に増えたのだ。
大佐にとっては、野良猫を手なづけるような感覚なのかもしれない。だけど、関心のない人間にわざわざそんな手間をかける人には思えない。それに兄と食事をしている時の大佐はとても楽しそうに見える。
エドワードが内心は楽しそうで、相手をする大佐も楽しんでくれているのなら、アルフォンスにとっても楽しいし嬉しいことだった。
「何とかを掴むには胃袋から……なんて言うものね」
――がっちり掴まれておくといいよ、兄さん――
「明日行く町には美味しいホットドッグ屋あるかなあ」
「あるといいね、兄さん」
アルフォンスが心の中で不穏なことを考えているなんて、思いもよらないエドワードなのであった。
作品名:ホットドッグ兄さん【スパコミ25 無配】 作家名:はろ☆どき