上田城、夏、縁側にて
―上田城、夏、縁側にて。
夏。
幸村は目を細めて空を見上げる。
真っ白な入道雲の中、黒い豆粒が一つ。
それはみるみるうちに大きくなっていき、黒い鳥と迷彩の忍の形になった。
佐助は、縁側に座る幸村を見つけて庭に降り立つ。
鳥は空を横切ってどこかへ飛んでいく。
幸村はそれを見上げながら、どこに行くかは分からないがそれでも呼べば来るのだろうな。と思い、まるで佐助のようだ。鳥は飼い主に似る。と思って小さく笑った。
佐助は、空を見上げて笑う幸村を訝しげに見ながら縁側の幸村の方へ近づく。
「旦那、どうしたの?こんなところで。
別に、今日は報告しなきゃいけないようなことも無いんだけど。」
その声に幸村は佐助の方を向き、
「あぁ。ちょっとお前に……尋ねてみたいことがあってな。」
言い辛そうに視線を逸らした。
「尋ねたいこと?」
首をひねる佐助。
「あぁ…。」
流れる沈黙。
蝉の声だけがあたりに響く。
「今日は、かすが殿のところに行っていたのか?」
沈黙を破ったのは幸村だった。
予想外の質問に佐助は歯切れ悪く答える。
「あぁ…まぁね。」
その声には疲労感がにじみ出ている。
佐助はつい先ほどまで、甲斐と越後の国境でかすがと会っていた。
正確には、会っていた、と言うよりも追いかけっこをしていた。
謙信とかすがの砂浜での追いかけっこ、と同じ意味の追いかけっこではもちろんない。
辺りにクナイが飛び交う、一流の忍二人による本気の追いかけっこである。
一瞬でも気を緩めれば死を招く。
いつものように、かすがにちょっかいを出した佐助が
「寄るな!」、「そのうるさい口を閉じろ!」、「お前と話しているとイライラする!」
と言われながら追われ、最終的に、「死ね!」と投げつけられたクナイを華麗に避けて、帰ってきたのである。
結局かすがの投げたクナイも、攻撃も、佐助の体に当たる事は一度も無かったが、
いくら越後は涼しいとは言え、真夏の真昼間にガチンコの鬼ごっこ。
佐助もさすがに疲労困憊である。
「そうか。」
幸村は佐助の疲労に気づかずに相槌を打つ。
そして流れる、再びの沈黙。
さっきの問いが、本当に尋ねたかったことではない事はすぐに察せられた。
だから佐助もいい加減炎天下の庭から離れて、
木陰か、できれば屋内に入りたいことを言い出せない。
蝉が盛んに鳴く。
太陽の強い光が佐助の体を炙っていく。
本当、屋内に入りたい。
旦那も言いたいことあるならはっきり言えばいいのに。
暑さに耐えかねて、佐助は口を開く。
「旦…「佐助!」
ほぼ同時に口を開く二人。
声が重なったことに、予想以上に慌てる幸村。
「すっすまぬ、佐助。何だ?」
「いや、俺は旦那が何か言いたそうだったから聞こうとしただけだから。
で、旦那は何言おうとしてたの?尋ねたいことって何?」
佐助の問いに幸村はうつむく。
(そんなに言い辛いこと…?)
いつもの幸村らしからぬ様子に佐助は首を傾げながら心当たりを考えてみる。
(襖壊したか、障子破ったか、壁壊したか、勝手に団子食べたか、
俺が居ない隙に独眼竜に会いに行ったか、そこらへんだな。)
ジーワジワジワジワ
蝉の声が響く。
不思議なことに段々暑いのが気にならなくなってきた。
(まぁ、独眼竜だったら報告が入ってるだろうし。
怪我もないみたいだからそれは無いか。)
見上げた空はどこまでも青い。
山の向こうには入道雲。
(夏だなぁ…)
ふと、一陣の風が涼しさを運んでくる。
風鈴がチリンと音を立てる。
それが合図だったのか。
「佐助!」
幸村は意を決したように顔を上げる。
その真っ直ぐな目を見て、
どれであれ、自分から素直に言うならあんまり怒らないでやろう。
と、寛容な気持ちになる佐助。
しかし、佐助の予想は大きく外れた。
「お前は、かすが殿のことをっ!そっ、そのっ………、
すっすすっ、好いておるのかっ!?」
「はい!?」
予想の斜め上を行く幸村の問いに、佐助は思わず驚きの声をあげた。
暑さが意識から完全に吹っ飛ぶ。
佐助は思わず幸村の顔をまじまじと見つめる。
一瞬冗談かと思ったが、幸村にこんな冗談が言えるわけない。
事実、幸村は顔を真っ赤にして真剣な瞳で佐助を見つめている。
(えっ、俺様どう答えたらいいの!?)
佐助の脳みその中で疑問符が舞う。
真剣に答えるなんて忍としても、猿飛佐助という生き方からしても有り得ないし、
かといって茶化していい雰囲気でもない。
そもそも茶化すにしてもどう答えるのが正解なのか。
混乱してなかなか答えない佐助に痺れを切らした幸村は重ねて問いかける。
「どうなのだ、佐助!」
「あー。えっと……うん。好き……だけど。」
結局、幸村の勢いに押し切られる形で佐助は頷いた。
表情は忍としての矜持で何とか平静を装っているが、
佐助の脳内は未だパニック状態である。
本当に突然何を聞くんだ、この主は!
改まって言う分、かすがに冗談めかして言う時の何倍も恥ずかしい。
「そうか。」
佐助の答えに、幸村は顔を赤くしながらも満足そうに微笑む。
旦那が満足そうなのはいいけど、一体全体どういうことなのか。
佐助は一向に事態が飲み込めない。
「で、旦那はなんでまたそんなことを聞く気になったの?」
こういう話苦手でしょ?
と続けると、幸村は大きく頷いて、
「確かに苦手だが、佐助に許婚が居るとなっては
いつまでも苦手だと言って知らぬ存ぜぬを通すわけにも行くまい。
まぁ、それでも俺が口を出す話ではないと思っていたのだが、
この前慶次殿から話を聞いてな。」
「前田の風来坊から?」
暑さによるものではない、嫌な汗が佐助の背中を伝う。
「うむ。あれは先日、上田城下に慶次殿が遊びに来たときのことであった。」
夏。
幸村は目を細めて空を見上げる。
真っ白な入道雲の中、黒い豆粒が一つ。
それはみるみるうちに大きくなっていき、黒い鳥と迷彩の忍の形になった。
佐助は、縁側に座る幸村を見つけて庭に降り立つ。
鳥は空を横切ってどこかへ飛んでいく。
幸村はそれを見上げながら、どこに行くかは分からないがそれでも呼べば来るのだろうな。と思い、まるで佐助のようだ。鳥は飼い主に似る。と思って小さく笑った。
佐助は、空を見上げて笑う幸村を訝しげに見ながら縁側の幸村の方へ近づく。
「旦那、どうしたの?こんなところで。
別に、今日は報告しなきゃいけないようなことも無いんだけど。」
その声に幸村は佐助の方を向き、
「あぁ。ちょっとお前に……尋ねてみたいことがあってな。」
言い辛そうに視線を逸らした。
「尋ねたいこと?」
首をひねる佐助。
「あぁ…。」
流れる沈黙。
蝉の声だけがあたりに響く。
「今日は、かすが殿のところに行っていたのか?」
沈黙を破ったのは幸村だった。
予想外の質問に佐助は歯切れ悪く答える。
「あぁ…まぁね。」
その声には疲労感がにじみ出ている。
佐助はつい先ほどまで、甲斐と越後の国境でかすがと会っていた。
正確には、会っていた、と言うよりも追いかけっこをしていた。
謙信とかすがの砂浜での追いかけっこ、と同じ意味の追いかけっこではもちろんない。
辺りにクナイが飛び交う、一流の忍二人による本気の追いかけっこである。
一瞬でも気を緩めれば死を招く。
いつものように、かすがにちょっかいを出した佐助が
「寄るな!」、「そのうるさい口を閉じろ!」、「お前と話しているとイライラする!」
と言われながら追われ、最終的に、「死ね!」と投げつけられたクナイを華麗に避けて、帰ってきたのである。
結局かすがの投げたクナイも、攻撃も、佐助の体に当たる事は一度も無かったが、
いくら越後は涼しいとは言え、真夏の真昼間にガチンコの鬼ごっこ。
佐助もさすがに疲労困憊である。
「そうか。」
幸村は佐助の疲労に気づかずに相槌を打つ。
そして流れる、再びの沈黙。
さっきの問いが、本当に尋ねたかったことではない事はすぐに察せられた。
だから佐助もいい加減炎天下の庭から離れて、
木陰か、できれば屋内に入りたいことを言い出せない。
蝉が盛んに鳴く。
太陽の強い光が佐助の体を炙っていく。
本当、屋内に入りたい。
旦那も言いたいことあるならはっきり言えばいいのに。
暑さに耐えかねて、佐助は口を開く。
「旦…「佐助!」
ほぼ同時に口を開く二人。
声が重なったことに、予想以上に慌てる幸村。
「すっすまぬ、佐助。何だ?」
「いや、俺は旦那が何か言いたそうだったから聞こうとしただけだから。
で、旦那は何言おうとしてたの?尋ねたいことって何?」
佐助の問いに幸村はうつむく。
(そんなに言い辛いこと…?)
いつもの幸村らしからぬ様子に佐助は首を傾げながら心当たりを考えてみる。
(襖壊したか、障子破ったか、壁壊したか、勝手に団子食べたか、
俺が居ない隙に独眼竜に会いに行ったか、そこらへんだな。)
ジーワジワジワジワ
蝉の声が響く。
不思議なことに段々暑いのが気にならなくなってきた。
(まぁ、独眼竜だったら報告が入ってるだろうし。
怪我もないみたいだからそれは無いか。)
見上げた空はどこまでも青い。
山の向こうには入道雲。
(夏だなぁ…)
ふと、一陣の風が涼しさを運んでくる。
風鈴がチリンと音を立てる。
それが合図だったのか。
「佐助!」
幸村は意を決したように顔を上げる。
その真っ直ぐな目を見て、
どれであれ、自分から素直に言うならあんまり怒らないでやろう。
と、寛容な気持ちになる佐助。
しかし、佐助の予想は大きく外れた。
「お前は、かすが殿のことをっ!そっ、そのっ………、
すっすすっ、好いておるのかっ!?」
「はい!?」
予想の斜め上を行く幸村の問いに、佐助は思わず驚きの声をあげた。
暑さが意識から完全に吹っ飛ぶ。
佐助は思わず幸村の顔をまじまじと見つめる。
一瞬冗談かと思ったが、幸村にこんな冗談が言えるわけない。
事実、幸村は顔を真っ赤にして真剣な瞳で佐助を見つめている。
(えっ、俺様どう答えたらいいの!?)
佐助の脳みその中で疑問符が舞う。
真剣に答えるなんて忍としても、猿飛佐助という生き方からしても有り得ないし、
かといって茶化していい雰囲気でもない。
そもそも茶化すにしてもどう答えるのが正解なのか。
混乱してなかなか答えない佐助に痺れを切らした幸村は重ねて問いかける。
「どうなのだ、佐助!」
「あー。えっと……うん。好き……だけど。」
結局、幸村の勢いに押し切られる形で佐助は頷いた。
表情は忍としての矜持で何とか平静を装っているが、
佐助の脳内は未だパニック状態である。
本当に突然何を聞くんだ、この主は!
改まって言う分、かすがに冗談めかして言う時の何倍も恥ずかしい。
「そうか。」
佐助の答えに、幸村は顔を赤くしながらも満足そうに微笑む。
旦那が満足そうなのはいいけど、一体全体どういうことなのか。
佐助は一向に事態が飲み込めない。
「で、旦那はなんでまたそんなことを聞く気になったの?」
こういう話苦手でしょ?
と続けると、幸村は大きく頷いて、
「確かに苦手だが、佐助に許婚が居るとなっては
いつまでも苦手だと言って知らぬ存ぜぬを通すわけにも行くまい。
まぁ、それでも俺が口を出す話ではないと思っていたのだが、
この前慶次殿から話を聞いてな。」
「前田の風来坊から?」
暑さによるものではない、嫌な汗が佐助の背中を伝う。
「うむ。あれは先日、上田城下に慶次殿が遊びに来たときのことであった。」
作品名:上田城、夏、縁側にて 作家名:キミドリ