上田城、夏、縁側にて
***
上田城下の茶店。
並んで座る幸村と慶次。
「へー、この団子美味いな。」
「そうであろう。この店の団子は城下一!
某も滅多なことでは食べさせてもらえませぬ。」
そう言って胸を張る幸村に慶次は疑問符を浮かべる。
「食べさせてもらえないの?」
「日ごろから贅沢をしていてはいけないと佐助が言うので。
ここの団子を食べるのは特別な時だけです。」
「ふーん。幸村のところも厳しいんだね。」
そう言って慶次は団子を頬張る。
肩に乗っていた夢吉も同じように団子を食べる。
夢吉が団子を頬張るのを微笑ましく見つめていた幸村は、
ふと、慶次の懐に折りたたまれた紙が入っているのに気づく。
「慶次殿、それは?」
幸村の言葉に慶次は首をかしげながら、幸村の視線を追って紙を取り出す。
「これかい?」
慶次が紙を開く。
それは瓦版だった。
慶次の表情に暗い影が差す。
「瓦版ですか?」
「あぁ。まぁね。
…京で馴染みの子が居たんだけどさ。」
慶次は団子をもう一本取り、食べるでもなくそれを見つめる。
「死んじゃったんだよ。この前。これはそのことが載った瓦版。
その子、許婚が居たんだけど、そいつとは別に好きな人が居てさ。
それでこの世で結ばれないなら…って。」
大きく息を吐き出すと、慶次は空を見上げる。
「馬鹿だよね。死んじまったらなんにもならないのに。
けど、それでも一緒に居たいほど恋しい相手に出会えたなら、
それはそれで良かったのかな。」
どうなんだろう。
慶次は呟いて、暗い気持ちを振り払うように、勢いよく団子を頬張る。
口の中いっぱいに詰め込んだ団子を飲み込んだところで、
「あれ、どうしたの?幸村。」
ふと、幸村の手が止まっていることに気づく。
「慶次殿。許婚にも望まぬ許婚というものがあるのですか?」
幸村は真剣な目で慶次を見つめる。
「うん。まぁ、残念だけど。こんなご時世だしね。
好いた相手と一緒になれない人も多いんじゃないかな。」
政略結婚とかもあるし。それでも上手くいってるところはいってるみたいだけど。
身近な例を思い浮かべながら答える慶次。
幸村はむむむ…と腕を組んで考え込む。
難しい表情の幸村を見ながら、慶次は首をかしげ、
「おばちゃん、かき氷一つ!」
と、とりあえずかき氷を頼んだ。
日差しが照りつけ蝉が鳴く、夏にはかき氷がよく似合う。
***
「と言うわけだ。
許婚は許婚でも、望まぬ許婚があるとなっては黙っておれん。
かすが殿は、佐助に劣るとは言え見事な技と熱き忠誠心を持った素晴らしき女子。
佐助の嫁にするにふさわしい。
無論佐助も、家事も日曜大工もなんでもござれの忍の中の忍!
立派な家庭を築くに違いない。
しかし、互いに望まぬ許婚であったために、
どちらかが自害することになっては困る。」
うんうんと頷きながら語る幸村。
忍の中の忍であることと立派な家庭を築くことは関係ないのだが、幸村は気づかない。
「そのように思っておったのだが…
佐助がかすが殿のことを好いていると知って安心した。
きっと二人は良い夫婦になるぞ!」
幸村の満面の笑みを見て、佐助はようやく事態を理解する。
理解はしたし、ある程度納得したが、
そのためにあんな恥ずかしい目に合わされたのかと思うとなんだか釈然としない。
とりあえず、今度風来坊が来たら即効で追い出そう。
そんな八つ当たりじみたことを心に固く誓う。
それと同時に、佐助は幸村の心遣いに感謝した。
「旦那がそこまで俺たちのこと考えてくれてるなんて、俺様大感激ー。」
自分の冗談を真に受けて、そこまで心配してくれるなんて、
なんて馬鹿で良い主なんだろう。
これだからどれだけ暑苦しくても、忍以外の仕事させられてもやめられないんだよなぁ。
茶化して笑いながら、そう思う。
「旦那、今日は団子四本…いや、六本食べてもいいよ。」
佐助がそう言うと、幸村は真面目な表情を一転、大好物を前にした子どもの顔になる。
「なんと!ということはもしや…団子六爪流をやっても…?」
「いいよいいよ。六爪流だろうが、なんだろうが好きにしていいよ!」
「まことか!」
幸村は喜びのあまり飛び上がり、縁側に仁王立ちする。
「やりましたぞ、お館さまぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!」
入道雲に向かって叫ぶ幸村。
佐助はこうなることを予想して耳を塞いでいる。
「佐助、行くぞ!」
佐助の腕を掴んで廊下を駆け出す幸村。
「へいへい。」
佐助も、ようやく入れた日陰に感動しながらその後を続く。
誰も居ない縁側に、蝉の声と遠くからの「団子ぉぉぉぉぉぉっ!!」と言う声が響く。
正直、一番の問題は「許婚」が佐助の嘘だということ。なのだが、
幸村がそれを知るのはもっとずっと後のことである。
―幕―
作品名:上田城、夏、縁側にて 作家名:キミドリ