Green Hills 第1幕
駆け寄った凛が驚いて目を見開いた。
「あ、あなた……その、顔……」
絶句する凛にシロウは笑った。
「えーと、バレてしまったな……」
「な……、何、どういうことなのよ!」
「貴様っ!」
その声にシロウは、びく、と肩を揺らした。
「アーチャー……」
士郎を小脇に抱えたアーチャーは、士郎を放り投げてシロウの側に立った。シロウはちょうど凛とアーチャーに左右を挟まれている。
自分の経験した終わりと違っていると、どこかぼんやり思いながら、シロウは彼女の声を思い出す。
“一度きりです。一度だけで、伝えてください”
誠実な声。凛とした、いつも自分を守ってくれた剣である彼女……。
最後に無茶なお願いをしてしまった。もう二度と謝ることもできないというのに。
「は……、そう、だな、セイバー。一度きり、だからな」
ひとり呟き、シロウはアーチャーに正面から向き合った。
「俺は、最期まで正義の味方だった」
「な……に……?」
驚きに満ちた鈍色の瞳。
「後悔なんか、しなかった。あんたのおかげで、俺は、最後まで笑っていられた。それを、伝えに来た」
シロウが笑うと同時、額当が、ぼろり、と崩れ落ちて消えた。
「な……に、を……」
「あんたが後悔したことを、俺は全然、後悔していない。それを、伝えたかったんだ」
驚愕に見開かれていた鈍色の瞳が、やがて険を帯びてくる。
「そんなことのために、サーヴァントになど、なったのか、貴様……」
「ああ……、まあ、そうするしか、なかったんだ……」
屈託なく笑ったシロウの目尻から一粒、雫が落ちていった。
伝えることはできた。シロウにはもう思い残すことはない。自らがこぼした涙にも気づかずに、シロウは笑った。
「それじゃあ、アーチャー」
爪先からシロウは消えていく。膝上まで消えたところで、
「――我が剣となれ、セイバー!」
一瞬の光、そして、シロウの腕を掴んでいる、地に膝と片手をついてへたり込んだ士郎の手。
「え?」
てっきり身動きもできないと思っていた士郎に掴まれた手首から視線を移し、シロウは赤銅色の髪を見下ろした。
「まだ……、ちゃんと、伝えられていないだろっ!」
シロウは、ぽかん、としたまま、睨みつけてくる琥珀を見る。
「えっと……」
この状況は、と考えているうちに、
「アーチャー!」
すぐ側でも、契約の光。
「え……」
有無を言わさず、凛がアーチャーと再契約を済ませている。
「凛っ?」
珍しく声を上ずらせたアーチャーがうろたえている。
「何か事情があるようだけど、とにかく、その姿の説明をしてもらうわよ、セイバー!」
凛がやはり文句は言わせない口調で言い切った。
「待て、凛、なぜ私と契約する必要がある」
「あんたにも、言いたいことが山ほどあるからよ!」
その剣幕に、アーチャーは何も言えなくなった。
「セイバー、ちゃんと、話、した方がいい」
ヨロヨロと立ち上がって、士郎は真っ直ぐに見上げてくる。
「あの……、俺……えっと……」
「アーチャーには、なんのことかわからないだろ、さっきのじゃ」
シロウの腕を掴んで、士郎は、こんなのはダメだ、きちんと説明をしろ、と言う。
「は……、この世界の俺は、けっこう、強引だ……」
笑いがこみ上げてきて、シロウは肩を揺らして笑った。
Green Hills 第1幕 了(2016/5/26初出,9/22誤字訂正・微修正)
作品名:Green Hills 第1幕 作家名:さやけ