Green Hills 第1幕
シロウが嗚咽をこぼす。驚きながらアーチャーはやるせないような表情を浮かべた。
「どこの英霊かは知らないが、忠義心だけは一級品だな。いや、こんな半人前がマスターでなければ、セイバーのサーヴァントは最強だ。お前は、どんなサーヴァントよりも優れている、力もその心意気も。こんなマスターにさえ、喚び出されなければ……」
その表情はやはり辛そうで、シロウは手を伸ばそうとした。額当が欠けて、ヒビが全体に回っていく。
「やめっ、ろ……」
アーチャーの剣が振り上げられる。士郎はもう剣の投影もできる状態ではない。
「告げる!」
凛の声が地下室に響いた。
「な……」
アーチャーが動きを止めた。シロウが顔を上げる。
「セイバー!」
凛に呼ばれ、頷いて手を伸ばす。
契約の光が地下室を満たして消えた。
ガッ、キィィ――――ン!
甲高い音が響く。剣の檻を砕き、シロウが手を差し伸べてエスコートするようにその中から凛を助け出した。
呆気に取られていたアーチャーが士郎に剣を振り下ろす前に、シロウはその間に立つ。
消えかけていた青藍の衣は元通り、銀の鎧もしっくりとその胸にある。細身の身体を包む青銀の眩さに、アーチャーは軽い眩暈を覚えた。
「形勢は逆転だ。諦めろ、アーチャー」
苦々しい顔でこちらを睨むアーチャーに、シロウは戦闘態勢を崩さずに言う。
「あんたと少し話がしたい。それからでも――」
アーチャーの呪文が聞こえ、シロウは舌を打つ。
「このっ! わからずや!」
結界発動の風と炎に煽られ、士郎と凛を庇いながらアーチャーを見ていることしかできない。
(やめろ……)
胸が痛むのは、アーチャーが頑なだからか……。
この、剣だけが立ち並ぶ荒野が痛々しいからか……。
その無表情の内側の、苦悶を、悲哀を、憤懣を、絶望を、知っているからなのか……。
「やめてくれ……」
見ていられずに、シロウは俯いた。
胸が痛いんだと、苦しいんだと、訴えることもできず、胸元を拳で押さえたまま、歯を喰いしばっていた。
一歩も動くことができない。アーチャーの言葉に、士郎と凛が驚愕する中で、シロウはただ、胸の苦しさに喘いでいることしかできなかった。
「ごめんな、士郎」
「なに、謝ってんだよ」
「……うん」
士郎を背負って、夜道を歩く。
凛は連れ去られた。アーチャーと森の古城で取引することで話はついた。
魔力の使い過ぎで士郎は歩くこともおぼつかないため、シロウが背負っている。
「今日はしっかり休んで、明日、な」
シロウが言うと、小さな声で頷く声が聞こえた。
*** 剣の丘 ***
士郎はアーチャーと戦っている。剣技も魔術も未熟で、何もかも半人前の士郎が、アーチャーとたった一人で、命を懸けている。
「士郎……」
シロウはそれをただ見守るだけだ。士郎が戦うと決めたのだから、自分は口を出すことはない。この世界の成り行きは、彼に任せると、シロウははじめから決めていた。
(胸が……痛い……)
アーチャーの固有結界は悲しい荒野だ。ここに行きついた彼を思うと、シロウの胸は幾度も裂けた癒えない傷のように、じくじくと痛む。
キャスターに囚われた時、アーチャーが助けてくれた。傷を癒してくれた。彼の手はとても温かかった。落ちていく意識の中で見えた彼の表情は、とても痛々しいものだった。
(アーチャー……)
どうしても自分を曲げられないエミヤシロウ。
(未来のあいつも過去のあいつも、どちらも頑固だ……)
そして自分もそうなのだ、とシロウは噛みしめるしかない、自らの頑なさを。
セイバーに剣を借り、無理を言ってまでサーヴァントになった。ダメだと言った彼女の悲しげな顔が思い出される。
「ごめん……セイバー……」
もう会うこともない騎士に謝っていた。
過去と未来のエミヤシロウに決着がつく。
アーチャーの身体が貫かれるのを、シロウは見ることができなかった。顔を背けてしまっていた。
幾度も幾度も剣に貫かれて歩んできた道をシロウは知っている。そして、士郎もこの戦いで見たはずだ。
傷ついたのは、どちらか……。
どちらか、ではない、どちらでもない、傷ついたのは両方だ。
互いに傷つけ合い、そして、理解し合った。
決して、間違いではない、と。
アーチャーは負けを認めた。存外すっきりした顔をして。もう全てが終わったような顔をして……。
「アーチャー、あの――」
シロウが口を開こうとしたところで、凛が駆けてくる。
士郎とアーチャーが無事であるとわかり、凛はほっと息を吐き、爽やかに笑った。
「とりあえず、帰りま――」
凛が衛宮邸にとにかく戻ろうと言いかけたところで、無数の武器が降ってくる。
「アーチャー!」
凛の悲痛な声が古城にこだまする。
ギルガメッシュの放った宝具の数々がアーチャーを貫いた。
(いくつか、防ぐことはできた……)
シロウは剣製してしまった。咄嗟に身体が動いていた。おそらく誰にも気づかれてはいない。
この状況は知っている。シロウは、アーチャーの傷を最小限にとどめようと、無意識に剣を放っていた。
気づいたとしたらアーチャーだ。自身を貫く宝具の数は把握していたはずで、あの場から逃れたとはいえ、疑問を持っただろう。
(けれど、もう、最後だから……)
あともう少しだけセイバーとしてここで戦う。シロウはギルガメッシュを見上げ、終わりへの決意を固めた。
「貴様がセイバーだと? 我の知るセイバーでないのが残念であるが、腕は確かと見える」
我には勝てぬがな、とギルガメッシュは尊大に笑っている。
「だが、気にくわぬ。王の前で顔を隠すとは。……我が宝具の露と消えるがよい」
有無を言わせるつもりなど毛頭ないのだろう、無数の剣が空間に現れた。
「ああ、これは、王様のお目汚しにならんがための措置、ご容赦を」
手を胸に当て、シロウはおどけて頭を下げる。
「ほう。わきまえておるのう、騎士よ。だが、気にくわぬ」
「お気に召しませんか?」
肩を竦めるシロウに、ギルガメッシュは目尻を引き攣らせた。
「なぜ、その剣を貴様が持っておるのだ」
シロウはにっこりと口元を笑んで見せる。そして、す、と表情を消し、低く答えた。
「そんなこと、説明する義理はないだろう」
「貴様っ!」
瞬時に飛んできた宝具を弾き返す。続く攻撃に備えたところで、テラスの天井の一部が崩落した。
「ちっ」
舌打ちとともに肩に落ちた煤を払い、ギルガメッシュはスタスタとテラスを横切って去っていく。
「あいつ、行っちまったけど……」
士郎が唖然としたまま呟いた。
「うん、まあ……、帰ろうか」
シロウの提案に、士郎は頷き、凛は沈んだ顔で唇を噛みしめていた。
*** 新しい朝 ***
「は……」
借り受けた剣は見事、壊れた聖杯を破壊した。
「さすが、セイバーの剣だ……」
自身の身体が透けようとしている。凛は令呪を使い切り、魔力もほぼ使い切っている。
「そうだな、もう……、タイムアウトだ……」
ヒビが入っていた額当が、ぼろ、と半分ほど壊れ、地に落ちる前に消えていく。鎧もヒビ割れ、剥がれるそばから消えていく。
「セイバー!」
作品名:Green Hills 第1幕 作家名:さやけ