敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
電池爆弾
〈石崎の僕(しもべ)〉はたんなる狂人の集団であり、戦闘については素人だ。銃というものは相手から10メートルも離れたら、落ち着いて狙わぬ限りそう当たるものではない。そして素人に落ち着いて人を狙うなんてことはなかなかできない。数撃てば当たるというものでもなく、素人がフルオートで撃ったりすればタマはデタラメに飛んでくだけだ。
一方で、敷井達は訓練を受けた兵士だった。
熊田を撃った男はそこで〈AK〉のタマを尽きさせ、慌てふためいて棒立ちになった。そこをすかさず尾有が銃を構えて、撃った。男はその場に倒れ伏せる。
だがすぐさま別の敵が飛び出してくる。尾有には近くに身を隠せるものが何もない。敷井達は鉄条網に阻まれて尾有を助けることができない。そして彼が撃たれたならば、この戸口を抜けて変電所の中に入るのは決してできなくなるだろう。
新手(あらて)の敵は何人もいる。尾有めがけて手に手に持った銃を撃つ。ワアワアと叫びながらの乱れ撃ち。
尾有は銃を構えて応射しようとするが、そのまわりで弾着が弾ける。ヒャッと叫んで飛び退(すさ)った。
そのすぐ横に高圧電流発生装置。そこから伸びたケーブルコードが鉄条網に繋がっている。
尾有もそれに気づいてギャッと叫び声を上げた。これが同時に爆弾であるのは、調べた当人である彼がよく知っていることだ。
――と、〈AK〉のフルオート連射が、その装置にダダダとミシン穴を開けた。バチッと放電の火花を噴き出す。
「わわわ」
と尾有は言った。そうする間にも敵は銃を乱射しながら駆け出してくる。装置はバチバチと火花を上げる。尾有はそこから1メートルと離れていない。
起爆すれば一巻の終わりだ。ヘタにいじればドカンといくように造られているものなのだから、ヘタにいじればドカンといく。よりにもよってそれを銃弾で撃ち抜いたのだ。尾有は逃げようもない。
――が、そこで、手を伸ばして尾有は装置を掴み上げた。それは手提げトランクほどの大きさで、手提げトランクのような持ち手が付いている。尾有はその把手を掴んで装置を持ち上げたのだ。
「伏せろ!」
と、敷井達に向かって叫ぶ。そうして尾有は、力を込めて装置を敵に向かって投げた。バチバチと火花を散らしてそれが宙を飛んでいく。
装置と繋がり戸口に張られていたトゲ線も引っ張られて飛んでいった。
尾有はその場に身を伏せた。敷井達も慌てて床に折り重なる。
装置に引かれたトゲ線もまたバチバチと火花を上げた。ゴトン、ガツンと装置は床をバウントし、そして遂に爆発した。
轟音。通路が赤い炎で一杯になる。
それからしばらく、敷井は身を伏せたまま、動くことができなかった。耳がキーンと鳴っていて、それ以外に何も聞こえない。自分が五体満足なのかどうかもよくわからなかった。
頭の中でボンヤリと、尾有が投げた装置のことを考えていた。あれはおそらく、〈電池爆弾〉というやつだろう――高圧電流を発する電池がそのまま危険な爆発物で、安定を失ったなら五秒でドカン――そういうものがあるという話は聞いたことがあった。
そして尾有もそれを知ってたということだ。あれは安定を失ってから五秒で爆発する爆弾。ということは、つまり銃弾で撃ち抜かれても『五秒間は爆発しない』ということになる。
そこでこうなればイチかバチだと考えて敵に向かって投げつけたのだ。
だが、それでどうなった? 自分達は戸口の陰にいたから爆風をモロに受けずに済んだが、尾有は? 果たして無事でいられたのか。
敷井は身を起こそうとしたが、しかし体が動かなかった。また呼吸が苦しくなっているのを感じる。
ただでさえ酸素が少なくなっているのに、今の爆発だ。この辺りの酸素が奪われてしまったのだろう。敷井はだいぶ軽くなってきた酸素補給器を口に当てた。ひと息吸うとそこでついにカラになった。ボンベを捨てて立ち上がる。
鉄条網のなくなった戸口を抜けて変電所の中に入った。他の者らも身を起こしてついてくる。
所内は爆発の焼け焦げと血の匂いが充満していた。照明も今の爆発でほとんど殺られてしまったようだが、それでもいくらか残っていてものを見ることはできる。床や壁、機械の類(たぐい)にちぎれた肉がまぶしたようについていた。
ゲホゴホと咳き込む声がする。見ると尾有だ。煤と埃にまみれてまるでボロ雑巾のようであったが、それでも手足は揃ってるらしい。
「大丈夫か」
みんなで聞いてみたけれど、尾有はなかなか応えなかった。ただゴホゴホとむせんでいたが、やがてようやく皆に気づいた顔になってニヤリとした。それから自分の耳を指差し、
「聞こえない!」
「ああ」と足立。「だろうな」
「酸素!」
と言ってボンベを取り出しかざして見せる。それはひしゃげてどうやら穴も開いてしまっているらしい。
「ごめん、おれもない」敷井は言って他を見た。「誰か持ってる者はいないか?」
足立が持ってて、尾有に渡した。
「吸ったら行くぞ。すぐ敵が来るからな」
「そうだな」
と言った。敷井は一度取り外した剣を銃に着け直した。休んでいる暇などない。
おれ達は、もう虎口に入ったのだ。
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之