敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
直撃
〈ヤマト〉はレンガ張りの船だ。二百年前の〈スペースシャトル〉と呼ばれた宇宙軌道船が耐熱レンガを全体に張り、潜水艦が無反響レンガで船体を覆ったように、墓石ほどの大きさの装甲レンガをウロコのように舷と甲板に貼り並べている。ひとつひとつのそのレンガは強力な対艦ビームや宇宙魚雷の直撃に一度だけ耐えるように設計されていた。
攻撃を受けたらそのレンガはそれ一個だけ犠牲になって砕けることで衝撃を逃し、まわりの装甲や船の内部に損傷をなるべく広げないようにする。〈ヤマト〉は名こそ〈戦艦〉でも戦うための船ではないから、あらゆる装備はマゼランへの旅を急ぐのに都合がいいよう考えられているのだ。敵に遭っても必要以上の交戦を避けて危機を脱するのに努め、状況を切り抜けてからダメになったレンガだけ貼り直して旅を続ける。傷を受けても〈港〉へ寄れず、人を失くしても補充ができず、一日も早い帰還を目指さねばならぬ〈ヤマト〉にとって、乗組員を護ることと補修の手間を軽くするのは極めて重要なのである。
一度だけなら耐えられるはずの装甲――しかし、敵の対艦ビームの威力はこれが持ちこたえられる限度を超えていた。〈ヤマト〉に当たった二発目のビームはいくつかのレンガブロックを吹き飛ばし、内側の壁をズタズタに裂いて無数の細かな破片に変えた。
熱く焼けたそれらが鳥を撃つ散弾のように船の中で弾けることで、内部を破壊し機器に損傷を与えるのだ。そしてもちろん人間にも襲いかかった。爆発の礫(つぶて)を喰らって人が吹っ飛ぶ。開いた穴から抜ける空気にたちまち数名のクルーが船外に吸い出された。一瞬の悲鳴。けれどもすぐに、何も聞こえはしなくなる。
外へ投げ出された者は、おそらく途中で気を失いもしただろう。そのまま何も感じることなく死んで凍りつくだけだ。服に大きな穴でも開けば、沸騰した血が傷から噴き出してあっという間に失血死する。
ビームを受けた壁の近くにいた者は、そうしてひとたまりもなく死んだ。だが、地獄は、即死を免れた者達にこそ待っていた。体じゅうに焼けた針を打たれたように炸裂の破片を喰らって宙を舞い飛ぶクルー達。
人は真空状態に少しばかり晒されたところですぐに死ぬことはない。戦闘服は小さな穴が開いたとしても着る者の命をしばらくの間は護るように造られているが、しかしたまるわけがなかった。人口重力が消えた室内で床や壁に叩きつけられ激痛に叫ぶ。
だが、彼らにその場でじっとするのは許されない。服には緊急用の十五分ほどの酸素ボンベしか付いてはおらず、生命維持装置もまたその程度の間しか働かない。ただちに誰かが救い出すか、自分でその場を脱せぬ限り確実に死ぬことになるのだ。
〈ヤマト〉にクルーの補充は利かない。貴重な命がたちまち奪われ始めていた。
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之