敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
スナイパー
「そんな……なぜだ!」
第一艦橋で真田は叫んだ。メインスクリーンに新たな〈敵〉が映っている。超望遠で捉えたのは、花型をした貝のような物体。〈四枚貝〉とでも言うか、それとも巻貝から頭を出したヤドカリが巨大なハサミを動かしているかのような。
大きくはない。その花だかプロペラのような四枚羽根をいっぱいに広げても差し渡し10メートルあるかどうかだ。中央の芯の部分は〈人〉が中に入れるほどの大きさに見えない。
どうやら、星のまわりを回る人工衛星の類とわかる。一発目の対艦ビームを撃ってきたのとまったく同じ形状だった。同じものが他にもいて、別の角度から撃ってきたのだ。それにやられた。しかしそんな――真田は言った。
「バカな……こんなこと有り得ない」
「うろたえるな!」沖田が言った。「島! まずは回避運動だ。そのまま行けば必ず三発目が来るぞ。どの向きでもいいから九十度回頭させろ!」
「はい!」
島が叫んで操縦桿をひねった。船体が軋む程の急旋回で〈ヤマト〉の巨体が進路を変える。横Gを受けて床が傾くように感じ、真田は急いで席についたハンドルを掴んだ。
「南部!」続けて沖田が叫ぶ。「あの敵を狙えるか!」
「はい! 副砲で充分狙える距離です!」
「では撃て!」
「はい! 一番及び二番副砲、砲撃用意! 目標――」
言いながら機器を素早く操る。南部の席のコンソールは、素人目には録音技師が扱うサウンドミキサーとでも言う装置か何かのように見える。無数のツマミやダイヤルが、船のあらゆる砲雷に取るべき角度を決めさせるべく、超複雑なオーディオ機器のデッキパネルのように並んでいるのだ。今はこのうち、〈ヤマト〉艦橋前後についた副砲塔への回路を開けて、それぞれの射手に撃つべき標的の指示を送った。
〈ヤマト〉の副三連装砲塔は言わばスナイパーである。主砲に比べて威力は劣るが、長距離狙撃能力と速射性能に優れており、遠く離れた小型の敵を素早く正確に狙うときその本領を発揮する。敵の人工衛星と思(おぼ)しき物体――あのように小さな的を遠くから狙い定めて撃つのには最も適した武器だと言えた。艦橋前の〈一番〉と、後方の〈二番〉がそれぞれ〈ヤマト〉を撃ってきた最初と二発目の敵を狙った。
「てーっ!」
撃った。ふたつの標的はともにそれぞれ一発でたちまちあっけなく破壊される。
「撃破確認」
と森が言い、続いて新見が、
「ほとんど装甲らしいものも施してなかったようですね」
と言った。確かにそうだろうな、と真田は思った。今の狙撃は副砲の射程ギリギリだったはずだ。それで殺れてしまうと言うのは大した敵ではないと言うこと。ではあるが――。
「同じものがまだ他にいるのか?」徳川が言った。「だとしたら、このまま行くのは自殺行為だぞ」
「そうだ。しかしそんなはずは……」真田は言った。「そんなはずがないんだ。やつらが〈ヤマト〉を狙える砲をいくつも持っているなんて……」
「あの二基だけで終わりと言うのか?」
「そう……いや、しかし……」
首を振った。予期せぬ事態に混乱し、頭がまったく働かなかった。こんなことがあるはずがない。こんなことがあるはずが……ただそればかり頭の中を駆けまわる。真田は愕然として、コンソールの画面に映る冥王星を見るしかなかった。
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之