敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
スラローム
古代と〈ヤマト〉航空隊は、冥王星の超低空を全機でクネクネと、右に左に蛇行させつつ飛んでいた。機体の尻にそれぞれが蜘蛛が糸を引くよう装置でも付けていたならば、今頃、空にマフラーでも編みあがっているかもしれない。各機が己の両隣と糸を編み合わすように飛び、そうして護り合っているため、そのようなことになっているのだ。
遥か上空に敵の〈ゴンズイ玉戦闘機隊〉。古代達にしてみれば、〈玉〉になって襲ってくるあれは〈ゴンズイ〉と呼ぶしかない――一度は退(しりぞ)けたと言っても、急降下で一斉に襲ってくる戦法を完全に封じたわけではないのだ。わずかにでも隙を見せればその一機に狙いを付けて、またダイブを掛けてくる。
そしてもう、先ほどのような失敗はしない。さっき山本がしたようにこちらがミサイルを射ち込んでも、パッと躱して逃げ散ってしまう。
それを追いかけさっきのように墜としてやることもできないので、ただひたすら古代達は皆で護り合うだけだ。そうする限り〈ゴンズイ〉どもは無理なダイブをしてこない。
戦いはどちらも一機の敵も殺れない膠着(こうちゃく)状態になっていた。しかし――。
『こんなの、いつまでも続けられない!』
通信で部下の悲鳴が古代の耳に入ってきた。が、
「わかってる! だが、どうすりゃいいんだ!」
そう応えるしかなかった。そうだ。このままではいけない。こんなことは長くは続けられず、いずれおれ達は殺られてしまう――わかりきった話なのだ。
古代達は各自が空に〈S〉の字を描き続けるスラローム飛行を続けている。そのS字のそれぞれが両の隣と絡み合っている限り敵に墜とされないで済む。そうは言ってもこんな飛び方を足並み揃えて続けるなど不可能だ。人間は自動セーター編み機じゃない――いずれ〈網み目〉は綻(ほころ)びを見せ、乱れは広がりどうしようもないことになってしまうに決まっている。
そして、体にかかるG。機をループさせるたび、ただでさえ暗い視界がより暗くなり、眼が見えなくなりつつあるのを古代は感じていた。
ブラック・アウトだ。Gによって血が脚へと集まってしまい、脳や眼球の血が足りなくなってしまう状態――S字ループを重ねるたびに、目眩に襲われ、一回ごとにそれが強くなっていくのがわかる。
操縦桿を持つ手がしびれ始めている。ダメだ。このままでは直(じき)に限界――。
古代はレーダーマップを見た。上空に敵の戦闘機隊。まさに三浦の海岸で釣り人達に嫌われていたゴンズイの玉のような。
そうだ、と思った。やつらは知ってる。そして待ってる。おれ達がやがてフォーメーションを崩して一機一機と弱った者からはぐれていってしまうのを。やつらはそれを上から見定め、また一斉に襲い掛かるつもりでいるのだ。
それがわかっているのにどうしようもない。ちくしょう、と思った。この状態を打開する手が何かないのか。このままでは――。
いずれ全機が殺られてしまう。それに、これでは〈魔女〉を探すどころじゃないじゃないか。
なんとかならないのか、と思った。また機体をひねらせながら、古代は意識が遠のきかけているのを感じた。
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之