敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
血戦
敷井はドアを蹴り破り、開いた戸口に飛び込んだ。〈橘の間〉――宇都宮と救出した変電所の職員達から、『石崎がいるのはおそらくここだろう』と教えられた部屋の中へ。
果たして、いた。赤青ピンクの色とりどりの服を着た数人の男女が応接用のソファを囲んで座っている。その中にひとり、ダブルのスーツ姿の男。
石崎だった。「シェーッ!」と叫んでソファの上で転がるようになったと思うと、横に座るピンクの服の女の陰に身を隠すようにする。
そして言った。「わーっ、ななな、なんだお前!」
『なんだ』と言われても見つけ次第に殺すつもりでやって来たのだ。問答無用で敷井は撃ってやろうと思った。だが〈ピンク〉の女が邪魔だ。どうする。まとめて殺ってしまっていいのか?
無論、いいに決まっていた。どうせ石崎の側近だろう。この状況では全員まとめて殺すしかない。
対テロ部隊の隊員としての訓練を受けた頭がそう判断する。敷井は撃った。石崎を、〈ピンク〉の女ごとビームでブチ抜いてやる。
いや、やったつもりだった。ダダダと放ったパルスビームは〈ピンク〉の女を貫いた。
だがそこまでだ。石崎はその寸前に、ゴキブリのようにシャカシャカと手足を動かしソファーの向こうに逃げのびていた。
そしてテーブルの上に置かれた灰皿を投げつけてくる。灰とタバコの吸殻を振りまきながら重い灰皿が飛んできた。
ワッと避けるとさらに果物ナイフが来る。
「この野郎! この野郎!」
石崎は叫び、さらにそこらにあるものを手当たり次第に投げつけてきた。酒瓶、コップ、ノートPC、マンガ本、今の地球で貴重極まるリンゴにメロンにパイナップル。鉢植えの観葉植物まで掴んで放り投げる。
「このやろ、このやろ、どうだ、こらあっ!」
血相変えて叫び立てるのだ。さすが、と言うべきであろうか。どんな状況にあろうとも、生きる望みを決して捨てない。あきらめずに最後まで抵抗しようとする男。
それが石崎なのであった。テーブルの上の物が無くなると、そのテーブルを持ち上げて敷井めがけて投げつけた。
「どりゃあっ!」
「わわ」
と言って敷井は避けた。とてもビーム・カービンで応戦するどころではない。
石崎は床に置かれた鞄を手に取る。それもやっぱりこっちに投げてくるのかなと敷井は思ったが、違った。大事そうに抱え込んで、それから叫ぶ。
「こら、お前ら!」
敷井に対して言ったのではない。赤青黄緑の四人の若い男に向けての声のようだ。
「何をボケッとしとるんだ。早くこいつをやっつけろ!」
慌てて四人が動き出す。どうやら全員、腰に拳銃を帯びてるらしい。
彼らは石崎和昭の護衛役でもあったようだ。しかし、イザとなれば自分がタマを受けてでもVIPである石崎を護る立場でありながら、この状況で彼らの師がひとりで身を護るのをアッケにとられて見ていたらしい。
石崎はその四人が並んで座るソファーの陰に飛び込んだ。敷井はそちらに銃を向けて引き金を引いた。パルスビームが赤青黄緑の者達を撃ち抜く。
――と、そこでビーム・カービンのエネルギーが尽きた。全員倒したと思ったら、どうやらひとり、黄色の服の太った男がまだ生きていた。「うがあっ」と叫んで敷井に飛び掛かってくる。
「わっ」
と叫んで敷井は逃げた。しかしデブは追いかけてくる。パルスビームを何発も受けているはずだが、急所を外しているのだろう。まるでなんとも感じていないかのようだ。
「この野郎!」
デブは言った。敷井は銃をそいつに向けた。タマは切れてもまだ銃剣が着いている。そいつでデブを突いてやろうと思ったが、しかし意外にデブの動きは素早かった。敷井の突きをはねのけて、胸倉掴んで頭突きをかましてくる。
「ぎゃっ」
たまらず敷井は叫んだ。どうやらデブには柔道か何かの心得があるようだった。敷井は急に身がフワリと軽くなるように感じたと思うと、
「でやあっ」
と、デブの掛け声とともに投げ飛ばされていた。
「いいぞ、イエロー!」石崎が叫んだ。「それでこそわたしが一番と見込んだ男だ!」
しかしデブの黄色い服には、《3》と大きく数字が記されているのだが。
「ぐふふふ……」
とデブは笑った。腰に着けた拳銃のホルスターに手を伸ばす。
差しているのは機械人間とでも戦うのかと聞きたくなるようなビーム・マグナム・リボルバーだ。拳銃としてはおそろしく巨大なそれを抜き取って、余裕の顔で敷井に向ける。
「往生せいや」
BANG!と銃声。
しかし、火を噴いたのは、デブの拳銃ではなかった。
宇都宮だ。敷井に続いてこの部屋に飛び込んできた宇都宮が、黄色のデブを背後からビーム・カービンで撃ったのだった。パルスビームがズバズバとデブを貫いたのがわかる。
「ぐえっ」
という声を上げ、デブはカッと目を見開いた。だがしかし、どこまで丈夫に出来ているのか、それでもまだ倒れない。
宇都宮がまた撃つと、デブは体をそちらに向けて、拳銃を持った右手を上げた。
「おんどりゃあ――」
怒りの声を振り絞る。宇都宮の顔が恐怖に歪んだ。
「わああっ!」
叫んでビーム・カービンを撃つ。パルスビームを浴びながらも、デブは拳銃の引き金を引いた。
BANGBANGBANG! リボルバーが火を噴いた。ビーム・マグナムを喰らって宇都宮は吹っ飛んだ。デブはその場に立ったまましばらくフラフラしていたが、やがて崩れるように倒れた。
敷井はその光景にしばし呆然となってしまった。けれどもそこで、
「わ」と言う声が聞こえた。「わ、わ、わ」
見れば石崎和昭だった。鞄を抱いてキョロキョロしている。その眼が不意に、敷井が向けた視線と合った。
「わ」とまた石崎は言った。「わわわわ」
鞄を抱きかかえたまま、もう一方の手を懐に突っ込ませる。ポケットの中を探っているらしかった。
敷井は銃を杖にして床から立ち上がった。石崎の顔を睨みつける。
「わわ」と石崎。「えーと、その……」
「なんだ」
と言った。剣の着いた銃を向ける。
「えーと、その、君、待ちたまえ……ね、話をしようじゃないか」
「ふうん」
と言った。返事をしたのは、無論、話を聞くためでなく、聞くフリをして相手に近づき銃剣で突き刺してやるためである。
だが石崎はそうは受け取らなかったらしい。愛想笑いをして言葉を続ける。
「ね、どうだ君、考えよう。ここでわたしを殺すより、もっといい道があるだろう。その銃をどうか下ろしてはくれないかね」
石崎は言いながら、片手を懐に突っ込んで何かゴソゴソやっていた。もう一方の手は鞄を抱えたままだ。
敷井は銃を向けたまま、石崎まで三歩ばかりにまで近づいた。後は一気に突き進んで銃剣で刺してやるだけだ。
石崎にもそれがわかったのだろう。鞄を盾にするようにしながら、右手はまだ何かゴソゴソやっている。どうやら何か引っ張り出そうとしているが、服が邪魔してそれができずにいるようだ。
「なあ君」と言った。「わたしを逃がしてくれたら……」
敷井は銃剣の先をその顔に向けた。石崎はヒャッと叫んで、
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之