敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
ジャヤに旗を立てろ
『〈ヤマト〉より航空隊各機へ。聞こえるか?』通信機に相原の声が入ってくる。『ジャヤに旗を立てろ! 繰り返す。ジャヤに旗を立てろ!』
「了解!」
古代は言って、スロットルを開けた。〈ゼロ〉のエンジンが唸りを上げ、弾かれたように加速する。
山本の〈アルファー・ツー〉がついてきた。さらにその後ろをタイガー隊が散開しつつ追ってくる。
そしてさらにその後ろ。〈ヤマト〉もまた加速しているのがレーダーの画(え)に見て取れた。自分達とは少し進路をそらしながら冥王星へ進んでいる。
予定通りの行動だ。今、キャノピーの正面に見える冥王星はほぼ半円。その〈昼〉である白夜の圏に自分ら航空隊が行き、〈ヤマト〉は〈夜〉の側にまわって〈ジャヤに旗が立つ〉――つまり、敵基地に核が射ち込まれるのを待つ手はず。状況がこのようになっても計画に変わりはないということだ。今、作戦の第二段階が始まった。
しかし、それで大丈夫なのか? 古代としては思わないではいられなかった。あの奇妙な衛星が何かも確かめないで行くと言うのは――だが、いいや、と首を振った。もう賽は投げられたのだ。船のことは島に任せて、おれはおれの役目に集中するしかあるまい。
〈ゼロ〉はグイグイと速度を上げる。冥王星がみるみる大きくなっていく。隊を指揮するための戦闘機である〈ゼロ〉は、〈タイガー〉よりその速力は大きく上だ。誰より早く敵地に入って状況を掴み、フォワードとなって戦場を駆け巡るべく造られた機体なのだから――レーダーマップを切り替えて、作戦エリアの図を呼び出す。目玉焼きを見るような二重丸が画面に出た。
冥王星の白夜圏。中央の〈黄身〉の部分が〈ココダ1〉。古代と山本の二機の〈ゼロ〉に割り当てられた区域だ。外周の〈白身〉の部分はタイガーが八つの隊に分かれて飛ぶべき領域となる。指揮管制機である〈ゼロ〉は、〈タイガー〉が星に取り付く援護をするべく、まずどの機より先にそこに着かねばならない。
タイガー隊を引き離して、二機の〈ゼロ〉は冥王星の極圏を目指した。ニューギニアの最高峰、赤道の壁にちなんで名付けられたこの作戦。人を阻んできた〈頂(いただき)〉を征する役を与えられたのは、まさしくこの〈アルファー隊〉だ。
「魔女か」
と古代は言った。もはや星は前面の視野一杯を占めている。〈ハートマーク〉が窓枠からはみ出しさらに近づいてくる。地球人が肉眼で初めて目(ま)の当たりにする光景。
ゴツゴツとした岩肌までが眼に見える。それが人の顔に見える。冷ややかに嘲り笑う女の顔に。
〈スタンレー〉だ。ついに来たんだ。ハーロックが抜けられなかった〈ココダの道〉に――その入口におれは来たんだ。古代は思った。兄さん、行くよ。見ていてくれ。おれは行くよ――。
レーダーが警報を鳴らす。敵の対空砲火の射程に入り込んだ報(しら)せだった。そして行く手に瞬く光。
ビーム弾幕の出迎えだった。まるで花火のスターマインがそこで炸裂しているかのようだった。古代は〈ゼロ〉をその中へと突っ込ませた。
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之