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敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女

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怪物



「地下都市において電気は命綱です。停電は街の全住民の即日死を意味します。〈ヤマト〉発進時の計画停電でも、住宅への電力供給や街路照明、空気の循環は維持させていました」

と一佐の階級を持つ情報局の分析官が説明する。だがそんなこと、あらためて教えてもらわなくとも誰でも知ってると藤堂は思った。思っただけで口には出さない。会議室ではさっきの死体を床に転がしたままにしている。その方がみんな黙って聞くべき話を聞くようになると考えたからだ。席を埋める者達は、狙い通りに今ではだいぶおとなしくなっていた。

「しかしその電気を止めて、全市民を道連れに死んでやろうと考える者は必ず出ます。政府としてはこれを考慮し、充分以上と言える対策を講じてはいました。けれども今日のテロ集団は、その障壁を突破した――」と分析官は言う。「それでこの地下東京が全市停電となったのです」

そこまでは、あらためて説明を聞くまでもない――とまた藤堂は思った。停電は何より空気の循環停止を意味する。悪くすれば数時間で全市民が死んでしまう。そんなのわかっているのだから、決して起こらないように万全の備えはしていたはずだった。

何よりも恐れていたのは狂信者による破壊活動だ。人類滅亡を願うカルトが何百となく存在し、互いに信者を奪い合っている状況では、そのうちどこかのカルト教祖が言い出すのはわかりきった話だった。『そうだ、電気を止めてやろう。きっと神は死ぬ寸前に我らだけを救ってくれるに違いないゾ』と。そうなったなら間違いなく、その連中は本気で信じて実行を企むに決まっている。

それだけではない。今の人類社会では、無差別放火魔、通り魔殺人、連続強姦殺人鬼といった者らが跋扈(ばっこ)してしまっていた。人が地下に逃げなければならなくなったそもそもの初めから、ずっと。

どうせ人類は終わりなのだ。みんな死ぬのだ。ならいっそ――そう言い遺してある者は自殺し、ある者は一緒に死んでくれる者を募って心中し、またある者は家族を殺して自分も死のうと無理心中を図ってきた。そしてまたある者は、どうせ死ぬなら他人を殺そう、殺して殺して、殺しまくって、警察にでも撃たれて死ぬ道を選ぼう、と、そんな考えを持つようになる。自殺よりはその方が罪が軽いと教会などでは教えているし、相手だってどうせ死ぬのが今か十年後かの違いなら悪いことでもないだろう。今に楽に死なせてやるのはむしろ慈悲とゆーもんなんや、と。

そうして殺人鬼がはびこり、市民はこれに対するために自警団を組織した。さらにイカレ弁護士などが人殺しをかばいだて、『死刑反対! 懲役十か二十年の刑にして更生の機会を与えましょう』などと拳を振ったりするので事がますますややこしくなる。

それが今の地下都市だ。こうなるだろうということは、しかし最初からわかってもいた。どうせ死ぬならまず他人を――そう考える人間は、必ず少なからず出る。ある種の歪んだ人間にとって、人を殺すという行為は、人を超えることと認識されるからだ。人を殺せば殺すほど、その人間は神に近づく――幼稚な人間はそう考えるからだ。だから、いっそこの機会に、オレが今いる全人類をひとり残らず殺してやろうと夢想する者がウジャウジャと出る。

ひとり殺すのは殺人だが、十億殺せばオレは神だ――そう考えた人間が、地下都市の天井を見上げて思うことはひとつだった。『あの電線を断ち切れば』だ。すべてが闇に包まれて、人は何も見えぬまま窒息で死ぬ。なんと簡単で確実な方法――。

そう考えて柱を登り、途中で身動きできなくなって『降ろしてくれえ』と泣く人間が後を絶たない。そうなることは最初からわかりきっていたのだった。ゆえに停電対策は、厳重にされていたはずだった。

「あらためて状況を説明します」

と情報局の一佐は言った。

「破壊工作への備えとして、発電所や貯水場、浄水場、農場、種子バンクや〈ノアの方舟〉といった施設は地下都市とは別に造られ、立ち入りを厳しく制限していました。それらの施設に万一にもテロリストが紛れ込み、事を起こそうとしたとしても、他の者が止められるよう入念なチェック体制を敷いたうえでです」

藤堂は黙って頷いた。これもいちいち説明などされなくても知っていることではあった。人員ひとりに監視ロボットを必ずつけてトイレに行くのもチェックさせ、そのロボットを絶えず人がモニターするような監視体制。

「それは機能しているのだね。地熱発電所そのものは無事と……」

「はい」と一佐。「第一・第二ともに稼働はしています。殺られたのは地下都市内の送電システムです」

そうだ。発電所へ行く路は、前に強固なバリケードを幾重にも敷き武装兵に護らせている。たとえ戦車を使っても突破はほぼ不可能と言えるガードがされていた。しかし街の天井を縫う送電線の一本一本は護りようがない。テロリストはそこを突いた――。

「しかしそれも、簡単に停電など起こせないようになってたはずだな」

「はい。説明致しますが――」スクリーンに図を映して一佐は言った。「街は東西南北から四つの網を投げ重ねるように送電網を張っていました。第一・第二の発電所からそれぞれ四本のケーブルを伸ばし、そのすべてが地下都市全体を覆うようにです。四つのうちどれかひとつが根元から断ち切られたとしても、残りの三つが確実に電気を送れるようにする。変電所のどれかひとつでも生きていれば、街路照明や空気循環は維持できる仕組みでありました」

「その四ヶ所の変電所のいずれにもまた強固な護りがされていた。東西南北すべてに同時に破壊工作を仕掛け、すべて成功させなければ街を停電にはできない。そんなことは事実上不可能なはずだった……」

「そうです。もしもできる者がいたら、それはよほどに大きな力を持った人間ということになります。何千という人を動かし、己の考えを実現させる。たとえどんな狂ったことでも……でなければ、こんなことはできないしそもそもやろうともしないはずです。地下都市内を停電させ、無理心中を図ろうなどと……また、そのような人間は、いるはずがないとも考えられたのです」

「ふむ」

と藤堂は言った。街の東西南北に四つの変電所。そのひとつひとつが要塞であり、一度に全部落とさなければ地下を停電にはできない。そこらのカルト教祖にはやろうとしてもその力がなく、できる力を持った者はそんなことをやろうとしない。はずだ。確かに。途轍もなく強い力を持って多くの人員を意のままに動かすことのできる人間。ただそれだけがこれをやれる。今の地球に狂信者に命じられるまま平気で命を投げ出す者がいるのは不思議でないとしても、必要とされるであろうその人数……。

有り得ぬことではないと言っても、やはり有り得ぬことなのだ。その不可能を可能にしてしまえる者がいるとしたら、その人間はまさに怪物。

「石崎か」

と言った。初めからわかりきっていたこととも言えた。こんなことができる者は、あらゆる意味でひとりしかいないと言うことを。