敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
現日本国宰相、石崎和昭。この宇宙に生きるものすべてが自分のためにあり、血の一滴まで自分のもの――それを自分がやるのであれば〈愛〉だからいいが、他人がやると〈支配〉であるから許されないと叫ぶ男。かつてのヒトラーやスターリンのように、この怪物はこの戦争で巨大な権力を手にしてしまった。
「あの男にやはり間違いないのだね」
「確かな証拠はありません。ですが状況から言って、それ以外の可能性は考えられないでしょう」
「まあいい。証拠集めなど、今日を生き延びた後で初めて考えることだ。あの男にはこの停電を起こす動機があるわけだな」
「はい。権力を掴みはしても、基盤は脆弱であったと言うのがあの首相の立場でした。特に〈ヤマト〉発進後は、かなり追い詰められていたと見られます。これはあの男に限らず、ある程度の地位を持つすべての人間がそうであったわけですが……」
「まあな」
と言った。この四週間の間に激化したテロと暴動――そしてついに内戦に至った。〈ヤマト〉がたとえ戻ってもその前に確実に人類が滅亡するとわかっている争い。それを食い止められなかった。
石崎だけが例外ではない。政治家どもは誰もがみんな、燃える炎に油を注いだ。今の地球で政治家を続けようとするならば叫ぶしかない。『殺せ』と。人類を救えるのはワタシだけだ。ワタシだけを信じろと。ワタシに従う者以外、ひとりとして生きられない。だから殺せ、殺すのだ、と。
間違っても〈ヤマト〉なんか信じるな。一年後に生きていたくば殺して殺して殺しまくれ。それが正義だ。〈愛〉なのだ。家族を守りたいのなら、汝の隣人を殺すのだ。
自分の地位を守るため、ただそれだけのために連中は言った。政治家なんて結局はそういう人間ばかりだった。やれ平和だ非暴力だと唱えてきた者ほど激しく、『ワタシの主張に反する者は殺さなければならない』と叫んだ。彼らは互いに暗殺し合い、次の者が取って替わってまた殺した。誰よりもまず、〈ヤマト〉を信じて希望を繋ぐ抵抗できない弱い者達を〈敵〉として……。
「しかし何よりも石崎です。あの男ほど多くの敵に巻かれている人間もまたいないでしょう。いま生きている十億のうち、九億九千万人があの男だけに都合のいい〈愛〉に反しているのですから……」
「だろうな」
「日本国内の支持率も低いのですが、それ以上に国外です。かつて日本の首相が靖国神社に参拝した結果、アジア各国で暴動が起きたような歴史がありますが、いま石崎がいるために全世界で日系人の命が脅かされている。何万という人間が日本人狩りに遭って殺され、強姦や放火を受けてしまった――石崎ばかりのせいではないが、やはり根源は石崎でしょう。あの男が宰相としていま日本にいることが、地球人類を滅ぼすのです」
「ずいぶんな言いようだなあ」
と思わず言った。このやりとりをもし当人が聞いていたら、怒るよりもまず『なんでオレがそこまで言われなければいけないのか』と口をとがらしそうな気がする。考えることはみな同じらしくて、この状況にも関わらず失笑を漏らす者が会議室の中に何人もいた。
「申し訳ありません」
「いや、確かにその通りだが……しかしどうすると言うのだね。あの男を逮捕して、日本人は敵ではいと世界に向かって言うのか?」
「いいえ」と情報分析官は言った。「殺すのです。それしかありません」
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之