敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
墜落
敷井を乗せたタッドポールは、そのとき北の変電所が見えるところまで近づいていた。
いや、変電所そのものは見えない。見えるのは灯りだ。強烈なライトだ。停電による暗闇を裂いて、白い光が野球のナイトゲームでも照らすように変電所の前を明るく照らし出している。
その代わり、投光器の裏にある建物はまったく見えない――強い光に眼が眩(くら)まされてしまって、投光器の先にあるものを見ることができぬのだ。
その黒い隙間から、無数の光線が放たれている。パルスビームや機関銃弾の曳光に、対空ミサイルの噴射炎の軌跡。
敷井が乗る機が喰らったのはその一発だった。撃ち出された対空弾が近接信管により炸裂し、タッドポールの推進器を打ち砕いたのだ。
カエルになる前のオタマジャクシといった形状の反重力航空機。その胴から〈脚〉のように突き出ているのは、羽根無し扇風機を大きくしたような推進装置だ。〈ノーター〉と呼ばれるこれが内蔵されたファンにより空気を後ろに送ることで、機を前方へ進ませる。
左右に突き出たその片方が殺られたために、機はその場でグルグル旋回をし始めた。こうなったタッドポールは狙撃銃のいい的だ。50口径のビームライフルにブチ抜かれ、機体はみるみる穴だらけにされていった。重力制御装置を殺られて機を〈軽く〉できなくなると、もう空中に浮くことはできない。
撃たれたのは推進器や重力制御装置だけではなかった。機を貫いたビームは中に乗る者達も串刺しにした。先ほどまで皆を鼓舞(こぶ)激励していた士官が立ち上がろうとして頭を撃たれた。パイロットも死んだのか、それとももう完全にコントロールを失われたのか、機はグルグルと回りながら墜ちていく。
やがて衝撃。機体は地面にブチ当たり、バラバラと破片を散らしてバウンドした。グシャグシャにひしゃげた胴が宙を舞い、ひっくり返って上下逆さまになって落ちる。そうして巨大オタマジャクシが尾を振るように一回転してようやく止まった。
生き残った者達が這うようにして機から出る。敷井も人の山に潰され、自身も上下逆さまになって、しばらく何も考えられなかったが、やっとの思いでそれに続いた。
『ここはどこだ』『わからない』と皆が言葉を交わしている。しかしともかく、そこはもうすでに戦場であるらしい。そこらじゅうで銃声が響き、爆発の炎が上がっている。上空をタッドポールが飛び交って、それを狙う対空弾の曳光がまるで花火のように見える。
タッドポールがまた一機、火に包まれて墜落していくのも見えた。やがてズーンという振動が地下空間を震わせる。
敷井達が乗ってきたタッドポールの逆さになった機内から、まだ中にいる者達の呻き声が聞こえるが、
「負傷者に構うな! 動ける者は行け!」
下士官の叫びらしき声がする。
「行くんだ! 敵は光の方だ!」
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之