敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
銃剣突撃
「全員、銃に着剣しろ。支援火器は単発の狙撃銃に限定する。機関銃やビームガンはどのみちほとんど役に立つまい。我々は銃剣による突撃をかける」
北の変電所に向かうタッドポールのキャビンで士官が言う。手渡しでまわされてきた短剣を受け取って、敷井は慄然とするものをおぼえた。
鞘から刃を抜き出してみる。15センチばかりの長さのまっすぐに伸びた細身の両刃。中心に血流しの溝が刻み入れてある。ナイフの形はしていても、物を切るためのものではない。人に突き立て、刺し殺すだけのまったくの凶器だ。
自分のビーム・カービン銃にも、先に剣を取り付ける金具があるのは知っていた。しかし、まさかそんなもの、ほんとに装着することになるとは……だいたい、どうやってくっつけるんだと敷井は思った。やり方なんか知らないぞ。
他の者らも、冗談だろうという顔をして手に持たされた短剣を見ている。着けろと言われてすぐ銃に取り付けられる人間などひとりもいないようだった。
「君らが戸惑うのはわかるが、これでいくしかない」と士官。「まず第一に、大砲やロケット弾といった兵器の支援を受けられぬ問題がある――変電所は無傷で奪還せねばならんのだ。重機関銃で敵をなぎ倒すなんてわけにもまったくいかない」
「ええまあ、それはわかりますが……」
「おそらく、敵は、それを計算の上で護りを固めていると見られる。バリケードを築き、防弾着で身を護っていることだろう。ゆえにビーム・カービンなどで傷を負わせるのは難しい。時間をかけて攻め落とすわけにもいかない以上、残された手はこれしかないのだ」
銃剣を着けた銃を掲げた。
「人が足で障壁を越え、敵の体をこれで突き刺す。カーボンナノチューブのボディーアーマーも、同じカーボンナノチューブで出来たこの剣なら貫ける。いま待ち受ける敵に対して有効な武器は唯一これだけだろう」
だから、銃剣――三百年前の戦(いくさ)の戦い方を今にやれ、と言うわけなのか。〈銃剣突撃〉などというのは、機関銃と言えばせいぜい手回しのガトリングガンしかなかった19世紀の戦法だ。20世紀の塹壕(ざんごう)戦ではそんなものは通用せず、無理に突っ込ませた兵士は全自動の機関銃と火炎放射器の餌食となるだけだった。
ましてや現代。反重力で人が空に浮かぶ時代に、その反重力航空機の中で銃剣が配られるとは。
防弾着で敵が身を護っていても、この刃(やいば)なら貫ける――それは確かにそうでもあろう。防弾繊維などというものは、どれだけ強くしたとしても刃物に勝てるものではない。刃で突き刺せぬような服はたとえ造ってもカチカチでどこも曲がりはしないからそもそも着ることすらできない――この法則は大昔から不変のものだ。そして服を分厚くすれば今度は重くて歩けもしない。
この地上で対人必殺の武器として刀剣に優(まさ)るものはないと言って言えなくもない。理屈はそうだ。しかし、まさか、だからと言って――。
「すまない。だが、これしかないのだ」士官は言った。「時間があれば、他のやり方も考えられよう。だがゆっくりと時間をかけて攻め落とす手は今はできない。あと二、三時間のうちに事を成さねば誰もが死ぬのだ。ゆえにこの戦いだけは、犠牲を顧みるわけにはいかん。四時間後に息が詰まって死ぬのがイヤなら、いま敵に突っ込むのみだ」
そうだった。こうしている間にも、呼吸がどんどん苦しくなっていく気がする。だから四の五の言っていられるときではない。銃剣で行くしかないなら銃剣で行くしかないのだ。
誰もがそれをわかったのだろう。みな黙って銃に短剣を取り付け始めた。敷井もまたそれに倣う。足立や横の者達とああでもないこうでもないと言い合いながら剣を着けた。
士官は言う。「敵についての情報は乏しく、何もわかっていないに等しい。だが、間違いなくかなりの防御を固めていることだろう。なのに行くのは無謀の極みだ。我々はほぼ全員が八つ裂きにされてしまうかもしれない……だが、それでも行くしかないのだ。すまない。おれは君らに犠牲になってくれと言わなければならない」
――と、そのときだった。ガツンという衝撃とともに機がグラリと大きく揺れて、立っていた士官がたまらず床に転がった。波に遊ばれる小舟のように機はグラグラと揺さぶられる。
「タマを喰らった!」
操縦席からパイロットの叫ぶ声がした。
「掴まれ! こいつは墜ちるぞ!」
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之