敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
未踏圏戦闘機
〈ヤマト〉両舷の展望室と艦橋裏の小展望室。それに艦長室の窓に今シャッターが下ろされる。しかしその一方で、口を開けるものもある。艦底後部の〈タイガー〉戦闘機発艦扉だ。32機の〈タイガー〉を安全に素早く離艦させるため、〈ヤマト〉は艦をひねらすような旋回に入った。
発艦装置は32機を瞬くうちに、漁船が海に仕掛けを投げ込むがごとく射ち出すように造られている。一機一機がぶつかることがないように〈ヤマト〉船体をターンさせ、飛び出す機を扇状に宇宙に撒くのだ。まるでカジノのディーラーがブラックジャックかバカラの卓を囲む客にカードを配るかのような光景だった。ほぼ二秒に一機の割で射出される〈タイガー〉は、一分間の旋回で〈ヤマト〉がグルリと一回転を終えたとき、宇宙空間に〈の〉の字を点々と描くようにしてそれぞれの標識灯を光らせていた。
「〈タイガー〉全機発艦完了」
艦橋で森がレーダーを見て言った。
続いて、〈ゼロ〉だ。ワープの時点で要員がすべて〈タイガー〉の格納庫にいたために、まずは全員、機の元に向かわなければならなかった。すれ違う艦内クルーはみな戦闘服を身に着けている。古代のパイロットスーツと似た革ツナギのような服に、ヘルメット――バイクに乗るわけではないから軽く肉薄のスケート用のようなのに、顔が透明なプレートで覆えるようになってるものだ。これに周りの空気が抜けても15分ばかり生きられるだけの酸素ボンベと、簡単な生命維持装置が組み込まれている。〈船外服〉と違ってあくまで船内用。戦闘時の動きやすさを優先とするものなので、大きく重い本格的な生命維持パックは着けない。
あらかじめ待機させていたエレベーターで〈ゼロ〉の元へ。二機の〈ゼロ〉の発艦準備はすでに整えられていた。胴体下に大きな核ミサイルを抱え、畳んだ翼にミサイルを並べ、安全装置のピンはすべて引き抜かれている。
尾翼にそれぞれ《誠》の文字。さらに山本の〈アルファー・ツー〉には、〈巳〉の字型の撃墜マークが二十ほども舵に描き込まれている。
対して、古代の〈アルファー・ワン〉に描かれているマークは四つ。
古代がチラリと眼をやったのに気づいたように大山田が言った。
「すみません、あれは縁起が悪いかなとも思ったんですけど」
「え? いや……」
「あと一機、必ず墜としてきてください」
「ああ」と言った。「ありがとう」
コクピットへのハシゴを上る。四機墜としてあと一機か、と古代は思った。確かに決して縁起のいい数のものではないはずだった。『その数字には魔が潜む』と昔から言われてきたはずだった。多くの戦闘機パイロットが、あと一機でエースだと言って空に散ったのじゃなかったか。プロペラで飛ぶ時代からずっと――そして今、この宇宙でのガミラスとの戦争でも――。
オレは四の敵を墜とした。あとひとつだ、チョロいもんさ――そう言い、空に上がったところで、今まで出会ったことのない真の凄腕とブチ当たる。二十三十の機を墜とした正真正銘の〈ターミネーター〉だ。そんな化け物に比べたら、〈やっと四機〉のこちらなんか軽くひとひねりで終わり――。
そうだ。そういうもののはずだ。ましておれなど、今まではただ逃げていただけだ。なのにマークを四つつけて歴戦の撃墜王が待つはずの敵の本拠地へ行こうとしている。
冥王星は〈スタンレー〉。赤道直下の白い山脈。そしてこれまで有人の船が行かない未踏の圏だ。あの白ヒゲの艦長は、おれにそこに行けと言う。おれの兄貴を死なせた場所に。
やっぱり、ほんとに、一体どういうつもりなんだか……古代は思った。やつらはお前を迎え撃つのに、戦闘機を百は残しているだろう。すまない、だから今回は、わしはお前に『死ね』と言わねばならないようだ。しかし地球を〈ゆきかぜ〉のようにしないためだと思ってくれ、か?
沖田め、と思う。だがいいだろう。ここまで来たんだ。もうここまで……なのに今更、縁起がどうのと言ったところで始まらないさ。キャノピーの窓枠下に《古代進》と書かれた自分の名前を見た。そうだ、おれは〈アルファー・ワン〉だ。こいつに乗って死ねるならいいさ。
古代は〈ゼロ〉に乗り込んだ。キャノピーを閉じ、エンジンスタート。コンピュータはすでに機体のチェックをすべて終えていた。ディスプレイに現在の装備状態が示される。今の〈ゼロ〉はいつかの荷物運び機でなかった。あらゆる敵と闘える真の戦闘攻撃機だった。
機体を載せた架台が動き、〈ゼロ〉を船外に送り出す。整備員らが拳を振り上げ、両手を振って見送ってくれた。
そして宇宙。星空に古代はひとつ明るい点があるのを見た。太陽だ。この五年間、〈がんもどき〉で飛びながら、いつも眩しく空に見ていた天体だった。火星の上で見るときも、木星の上で見るときも、それはいつもまともには見えないほどに眩しかった。ついこの前にタイタンの上で見たときも、もはや小さな点ながら強い光を放っていて、〈ゼロ〉の機体と〈ヤマト〉の船体を明るく照らしつけていた。
今、その光は眼を灼くほどのものではない。他の百万の星々を合わせたよりも大きな光量で〈ヤマト〉と〈ゼロ〉を照らしているが、せいぜいが夜の道で街灯のランプを見上げる程度。
古代の背後で、その光を受けて〈ゼロ〉が銀色の翼を広げる。同じように〈ヤマト〉艦尾カタパルトに送られた山本機の尾翼に《誠》の文字が読めた。
古代の機もカタパルトへ。この前ここに出たときには大きな土星とタイタンが見えた。が、今日は――と、後ろを振り返り、〈ヤマト〉艦首の方向へ古代は小さなふたつの円盤を見た。
冥王星とカロンだ。見慣れた火星や木星と比べて、はるかに暗い。白夜の圏に〈ヤマト〉は正面から近づく作戦であるために、ふたつの星は今ほぼ真円の満月形に見えている。
ふと、タイタンに横たわる〈ゆきかぜ〉の残骸を思い出した。兄さん、と思う。見えるかい。おれは来たよ。ワープのおかげでここまで来たよ。兄さんはここまで来れなかったんだろ……。
太陽があんな点だよ。地球の船は、みんなここまで来れなかった。波動エンジンがなかったから……ワープならほんのひとっ飛びなのに。一年前に空母がワープできたなら、最初から戦闘機でやれたのに。〈ゆきかぜ〉みたいなカミカゼ艦を造らなくて済んだのに。
兄さんが、死ぬとわかっている戦いに征かなくて済んだはずなのに。悔しかったろうな。途中で沈められちまうなんて。
やつらは兄さんのミサイルを、おれの前で〈ヤマト〉めがけて射ちやがったよ。まさかやつらは知らないだろうな。おれが弟だってこと。今度はおれが核持って、ここまでやって来たってこと。
この〈ゼロ〉なら、兄さんの仇が取れるだろうか。みんなの仇が討てるだろうか。あの日、横浜で死んでいったたくさんの人。親を呼んで泣いていた子供。三浦で死んだ父さんと母さん。
アラームが鳴った。ディスプレイに《発艦準備完了》の文字が表れる。
管制員の声がした。『〈アルファー・ワン〉、発艦せよ』
「了解」と言った。
『幸運を』
「ありがとう」
エンジンが咆哮する。電磁カタパルトが唸りを上げる。古代は発進のスイッチを入れた。途端にGが体を席に押し付ける。
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之