敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
葛藤
対艦ビーム砲台がどこにあるかわかったらまずはそれを叩き潰せ――この作戦で古代はそのように指示されていた。ただし、それには条件がある。
位置の見当がついたからと言って、隊を細かく分けるようなことはするな。砲台を叩くときには必ず全機で固まって行くのだ。敵は基地よりビーム砲台の護りを固めているだろう。百機の戦闘機が迎え撃ってくると言うことも有り得る。そのとき単機、もしくは二機や四機だけの編隊で行けば? あっという間にその百機に殺られてしまうに決まっている。だからこちらもなるべく多い数でもって、互いを護り合いながら行くのだ、と。
この白夜の捜索が、渦巻を重ね合わせたコース取りをしてあるのも同じ理屈だ。どれかひとつの隊が敵に襲われたら、他の隊がすぐさま援護に駆けつけられるように考えられている。たとえ遊星を止めるためでも、〈ヤマト〉を護る戦闘機の無駄な損耗は避けねばならぬというのが今の古代の立場だった。
しかし、と思う。今ここで〈ヤマト〉が殺られたらなんにもならない。対艦ビームを先に潰すべきではないのか。
とは言えやはり、バラバラに分かれて赤道へ、などというのは論外だろう。どうする。どうすればいいんだと思った。そうしながらも〈ゼロ〉は星の南極の上を飛んでいる。
兄さん、と思った。おれはどうするべきなんだ? 〈ヤマト〉に乗る者達は皆この星を〈スタンレー〉と呼んでいる。人が〈南〉へ行くことを許さぬ〈魔女の山脈〉だと……そして対艦ビーム砲こそ〈スタンレーの魔女〉なのだと。ハーロックは地球でその〈魔女〉に敗けた。ラバウルからスタンレーを越えて南へ行こうとして、ついに果たせず引き返した。振り返ってジャヤの峰に笑う女の顔を見た――兄さんの本にそう書いてあった。
おれは今、同じことをしてるんだ。兄さん、おれはどうすればいい? 古代は思った。このまま基地を探してただグルグルと極圏を飛ぶべきなのか。それとも隊をこの星の赤道へと向かわすべきか。
全機まとまって行くのでなければ、ビーム砲台を殺りに行くのは自殺行為と言われている。確かにそれに違いない――だがこのままでは、基地を見つけて叩く前に〈ヤマト〉は沈められてしまう。どちらにしてもおしまいだ。どうする。おれはどうすりゃいいんだ、兄さん!
『今、敵が我々を黙って飛ばしているのはやはり、護りをビーム砲台に集中しているのでしょう』山本が〈糸電話〉で告げてくる。『ですから、これも誘いです。百の戦闘機が我々を、「来るなら来い」と誘ってるのだと……』
「じゃあどうすればいいんだよ」
『このまま基地を探すべきです。〈ヤマト〉のことは沖田艦長を信じて任せて』
「何?」と言った。「沖田を信じる?」
『はい』
「バカな。何を……」
言おうとした。あいつは兄さんを死なせた男だ! そんなやつが信じられるか! おまけに、今こうやって、おれなんかを隊長にしちゃっている男なんだぞ! おれが隊を指揮なんかできる人間じゃないことは、山本、君がいちばんよく知ってるだろうが、と。
だがもちろん、そんなことは口に出してはいけないのはわかりきったことだった。ともかく、今は絶対にダメだ。皆が沖田を信じるように、山本も沖田を信じているのだろう。沖田が選んだ男だからおれも信じると言うのだろう。しかし……と思う。冗談じゃない。古代の気持ちは決して変わっていなかった。沖田なんか信じられない、おれが航空隊長なんてバカな話があってたまるか――その考えは変わっていない。
まして、と思う。そうだ、あいつは兄さんを死なせた男というじゃないか。おれの兄貴は〈メ号作戦〉でただ死んだというだけじゃない。最後に残った旗艦の僚であったのに、意味なく敵に突撃かけて無駄に死んだというじゃないか。そのときの提督が沖田だと言うなら、あいつは兄の犬死にに責任があるってことだ。そうだろう!
で、なんだか知らないが、おれを呼びつけ『すまん』とか言う……一体どういうつもりなんだ。あんな人間が信じられるか。兄貴が死んだときだって、旗艦が共に行っていれば……。
と、そこで、『いいや待てよ』と思い至った。〈ゆきかぜ〉と〈きりしま〉が二隻で行っていたならば、敵の艦隊を突破できたかもしれない。だがそこまでだ。間違いなくあのカクカク衛星ビームで共に沈められたろう。冥王星には必ず罠があるはずだから二隻ばかりで行けはしないと見て提督は船を引き返させた――そんな理屈は古代も前から耳にはさんでいるにはいた。確かにそんなものかもと納得して聞きさえした。
その言い分は正しかったということになる。〈ヤマト〉より防御力がはるかに劣る〈きりしま〉がこの罠を抜ける望みはなかっただろう。カクカクビームに為す術(すべ)もなく殺られていたに違いない。
しかし、と思った。ならばどうして兄を行かせた。罠があるから行けぬと見て引き返したという話は、〈ゆきかぜ〉を行かせたことと矛盾する。沖田は兄を死なせたことをおれにすまぬと言いながら、なぜ死なせたかひとこともない。『地球を〈ゆきかぜ〉のようにしたくない』とか、ごまかすような口を利くだけ……。
そして今、〈ヤマト〉ならば勝てるだろうなどという、いいかげんな考えでこの戦いに臨んでいる。そうじゃないのか? なのにどうして、そんな男を信じることができるんだ。
どうする、と思った。このままじゃいけない。それはわかっているが、しかしなんの手立てもなしにビーム砲台を討ちに行けない。どうすればいいんだ、兄さん……。
眼の前には冥王星の氷の大地。古代は今、大きな白い〈ハートマーク〉の上にいた。もちろん、いま敵の基地がおれの前に現れるか、タイガー隊の誰かが基地を見つけて核ミサイルをブチ込めば、それですべて終わりとなって〈ヤマト〉を救いに行けるわけだ。沖田を信じてその可能性に賭けるのが山本の言うようにいま取るべき行動なのか? しかしそんな――。
いいや、沖田など信じられない。おれはあいつを信じられない……古代は思った。兄さん、どうしてあんな男に従ったんだ。〈ゆきかぜ〉をあんなふうにして死なずによかったはずなのに。
このままでは地球が……と思った。そうだ、あの〈ゆきかぜ〉のようになる。兄さん、おれはどうすれば――。
答は見つからなかった。古代は渦巻螺旋に沿って、〈ゼロ〉で堂々巡りの道を飛びつつけるしかなかった。
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之