敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
這い出してきた男
数人がかりで重い蓋を持ち上げると、そのマンホールのような穴から首を出したのはひとりの男。それが『おーい』と呼びながら蓋を下からガンガン叩いていた人物らしい。
敷井達は彼に銃を突きつけながら、二人がかりで左右の腕をそれぞれ掴んで穴の中から引っ張り出した。
「撃たないで。ぼくは敵じゃありません!」
怯え顔で男は言う。しかしもちろん、信用などできるわけない。両側から捕まえたまま、地に立たせてボディチェックした。着ているのは作業服らしきもの。手には何も持っていない。
また、同時に別の者らが、彼が出てきた穴に銃を向けつつ覗いた。井戸のような縦穴だが、底の方に光が見える。内部は照明がされてるらしい。この全市が停電という状況にも関わらず――。
「ぼくは変電所の職員です」
とその男。確かに彼が着ているのは、変電所の作業員の制服らしかった。首から顔写真付きのIDカードらしきものも提げている。
足立がそれを確かめて頷き、そこでようやく一同は彼に対する警戒を解いた。銃口を下ろし、ペットボトルに入った水などくれてやる。
敷居はあらためて彼が出てきた穴を覗き込んでみた。よくわからぬが底に通路らしきものがあり、変電所の方に続いているらしい。桜林の下にはトンネルがあったのだ。この男はそこを通って――。
「逃げてきたの?」
「ええ。状況はどうなってるんです?」
「さあ。おれ達もよく知らないけど……」
「他の変電所は? ええとつまり、東と西と……」
「それは、全部殺られたと聞いたな。復旧の望みがあるとしたらここだけとか……」
「って、そんなこと言ったって……」
彼は言って、変電所正面の投光器が照らす辺りに眼を向けた。そこでは激しい戦闘が続いているらしいのがわかる。銃声。爆発。閃光。怒号。『石崎先生ばんざーい』などと叫ぶ〈僕(しもべ)〉どもの声も聞こえてくる。
その辺りだけ煙幕に包まれながらも明るくて、夏の夜に花火大会しているようだ。けれどもそれ以外は暗闇。遠くに光はまったく見えない。穴から這い出てきた男は周りを見渡し途方に暮れた顔をした。
「ああ、ひどい……大変なんです。聞いてください」
「うん」と言った。「なんですか」
「やつらは……ここを占拠してるやつらは……」
と男。全員でなんだなんだと身を乗り出した。彼は言った。
「やつらは、〈石崎の僕〉です」
どどーん。という爆発があって、『石崎先生ばんざーい』という声がまた谺して聞こえてきた。
敷井は言った。「それは知ってる」
「そうですか」
と彼は言った。また近くでどーんという爆発がした。ばんざーいばんざーいと谺が返り続けていた。
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之