敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
真田の務め
「〈内出血〉で〈ヤマト〉を動けなくさせる。それが敵の狙っていること……」第一艦橋で新見が言った。「このままではすぐにも〈ヤマト〉は戦闘不能になってしまいます。もしも主砲かエンジンに直撃を受けたら……」
それでおしまい。『もしも』ではない。次のビームでそうなって何もおかしくないことは、戦闘には素人の真田にもわかることだった。しかしどうする、どうすればいい? 艦長席の沖田を窺う。だが沖田は、胸の辺りを手で押さえて顔をうつむけたままだった。
火星でも、タイタンでも、人が慌てているときに沖田は黙り込んでいた。だから今度もこの状況を切り抜ける策を考えているのだろうか。しかし……と思う。この戦いで、対艦ビームの対策はおれに任されていたはずだ。沖田艦長が決めておれにそう言ったじゃないか。
だからこれはおれの務め……だがどうする。どうしろと言うんだ。あの衛星がなんなのかまるでわかりもしないのでは、『対策』など考えようが……。
「ダメだ。このままじゃ殺られる……」
真田は言った。しかし言ってしまってから、若いクルーが自分に向ける視線を感じた。島と南部は己の仕事に忙しくてそんな余裕はなさそうだが、それ以外の太田や相原。
皆、ビーム対策はおれの役と知っている――真田は思った。おれが〈魔女〉を打ち破ると信じるからこそこの戦いに臨んだのだ。なのにここでおれが『ダメだ』と言うなどあってならないこと。
そうだ。なのに言ってしまった。しかしどうする。このままでは船がおしまいなのは事実だ。それがわからぬ者もこの艦橋にいない。
「時間だ。時間が欲しい……」
真田は言った。考えて言ったことではない。『ダメだ』と言ってしまったことはもう取り消せないのだから、そうとでも言って取りつくろうしかない。それだけで言った言葉だった。時間を稼げばどうなるという具体的なものなどない。
それでも、
「ええ」
と相原が頷く。そうだ。時間を稼げれば、なんとかなるかもしれないじゃないか。このままではおしまいなのがわかりきっているのであれば、衛星をどうするかよりまずは時間を稼ぐことを考えるべき。
「何かないのか、時間を稼ぐ方法は」
また言った。これも答を期待して言ったわけでもなんでもなく、やはり『ダメだ』のひとことを繕うために言っただけだ。しかし太田が、
「あの」
と言った。
「副長。ひとつ考えが、ぼくにないこともないんですが……」
「え?」と言った。「なんの考えだ?」
「だから、時間稼ぎです」
「ああ、そうだな」
「ええと、言ってよろしいですか」
「言えよ。あるなら言ってくれよ」
「はい。その、無茶な考えかもしれませんが……海に潜るのはどうでしょうか」
「はん?」と言った。
「海です」と太田は言う。「海に潜るんです」
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之