敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
核攻撃
その瞬間まで、古代の眼に冥王星の連星カロンは、宇宙に暗い灰色の半月形に見えていた。それが突然、真っ白に光り輝く円となった。まるで小さな太陽にそれが変わったかのようだった。
だが、違う。本当の〈小さな太陽〉は古代の〈ゼロ〉の後ろにあった。ただし見えない。地平線の向こうにある。まともに見れば眼が潰れるほどの光を避けるため、今、すべての〈ゼロ〉と〈タイガー〉がそれに背を向け冥王星の丸みの陰に逃げていた。
カロンを照らしたのは〈星〉だ。人が造った小さな太陽――核爆発の火球である。古代の眼に、一瞬だけ、カロンはカッと明るく光ったものの、すぐに弱まり地球で見る満月ほどの光になり、さらに明るさは弱まっていった。まるでオーロラのような光が冥王星の薄い大気を流れたが、それも数秒のことだった。冥王星の空は五十億年間ずっとそうであったと同じ元の星空に戻っていく。
「殺ったのかな」
古代は言った。通信機のマイクは〈ON〉の状態だが、〈糸電話〉の〈糸〉は山本だけでなく、もう今では全〈タイガー〉戦闘機とも繋がっている。
レーダーマップは《FRIEND》の指標で埋め尽くされていた。それは味方を表すコードであり、それぞれに《B1》とか《C2》といった文字が添えられている。
《B1》はブラヴォー編隊一番機、《C2》はチャーリー編隊二番機だ。四機ずつの八編隊、合計32の〈タイガー〉が、全機健在でいま古代と山本のアルファー編隊とランデブーを果たしていた。
事がこうなったのは、タイガー編隊のひとつが敵の動きを見つけたことによる。〈ココダ〉の圏から突然に、数百ものミサイルが連続発射されたと言うのだ。同じものを他のいくつもの編隊が見た。
ミサイル群が飛んでいった方角は、カロンから出た戦艦が行ったと思(おぼ)しき先と同じ。となれば、答はひとつだった。狙いは〈ヤマト〉だ。それ以外に考えられない。
これを放っておくわけにいかない。なんと言ってもミサイルが射ち出された場所こそが、探していた敵の基地かもしれないのだ。ではどうする? 〈ココダ〉の中で敵の基地もしくはビーム砲台を発見したら、見つけた者がとりあえずそこに核をブチ込んでみる――そういう手はずになっていた。
『射つぞ』と皆に告げてからだ。だから他の者達は、その攻撃がどうなるか離れて見守っていた。
そしてピカドン――見事に核は炸裂したと言うわけだが、
『命中を確認』通信が入ってくる。『ですが、どうやらメインベースと言うわけでは……』
『ただのミサイル発射台か?』と加藤が言うのが聞こえる。
『その見込みが高そうです。周辺に宇宙船の港らしきものもなく……』
『ふうん。どういうことですかね』
とまた加藤。今度はこちらに振ってきたらしいが、
「さあな」と古代は言うしかなかった。「けど、〈ココダ〉の中ってことは、どれかの隊が一度探したとこじゃないのか」
レーダーマップを確かめてみた。核ミサイルで焼いた地点は探索範囲の中でもかなり外縁にあたる。つまり早い段階で、タイガー隊のどれかが上を通り過ぎているはずなのだ。マップには〈ココダ7〉と記されていた。
『はい。ウチの担当です』と〈ゴルフ・ワン〉が通信を送ってきた。『ですが自分が通ったときには……』
「何も気づかなかった、と」
『すみません』
「いや……」
と言った。ただのミサイル発射台なら、素通りして当然に思える。古代にしても飛んでる間、地上のあちらこちらにある対空ビームやミサイル発射台に狙われ、無人迎撃機にも出くわしたものの、いちいち相手にしてこなかった。
核攻撃をした隊が送ってきた画像を見ても、大型艦を離着させる〈港〉が置ける土地には見えない。ただの真っ白な氷原だ。こんな場所で大きな船が動いたら、こうして探しに来なくてもとっくの昔に見つけていいはず。
結局言った。「やはりただのミサイル台みたいだな。しかしどういうつもりなんだ。やつらどうして……」
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之