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Green Hills 第3幕 「砂嵐」

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Green Hills 第3幕 「砂嵐」


「居候、させてくれない?」
 唐突な凛の申し出に、士郎は固まった。隣に座っていたシロウも同じように固まった。
 その言葉は通常、お伺いを立てるときに使うはずの言葉だ。
 だが、そこには“もちろん、有無は言わせないわよ”という、凛の強制権を内包している。
 そして、衛宮邸の主・士郎はためらうことなく頷く。頷かなければこの先、命はないから、と言わんばかりに大きく、なおかつ、はっきりと頷いた。
「待って……、ちょっと、待てよ、二人とも……」
 シロウの戸惑いを含んだ制止など、二人には聞こえていない。
 突然の申し出にシロウが慌てふためく間も与えてくれず、居間の障子を開けたアーチャーが顔を覗かせる。
「これでいいのだな、凛」
 その手にはスーツケースと大きなボストンバッグ。
 黒い上下の衣服に包まれたアーチャーは、居間の面子を確認するように視線を巡らし、一瞬だけシロウに目が向いたが、何事もなかったように凛へと視線を戻した。
 挨拶も無しか、期待はしてなかったけどな、とは衛宮邸の住人二人の共通した意見。
「ありがとアーチャー。士郎、奥の洋室でいいわよね?」
「う……ん、うん」
 勝手知ったる衛宮邸だ。凛はアーチャーを伴い、別棟に向かった。
「士郎……、なんでさ……」
「ごめん、セイバー。俺、まだ、生きていたいんだ……」
「うう……、わ、わかるけどさ……」
 心の準備というものが……、とシロウは嘆かわしく座卓に突っ伏した。
「士郎はいいよ、昼間は学校だし……。俺、ずっと、家にいるんだけど……」
 シロウの言わんとしていることは、士郎もわかっている。
 凛がこの家に居候するということは、アーチャーもここにいるということなのだ。平日昼間は二人きり。
 シロウがアーチャーに苦手意識を持っていると士郎も承知している。
 聖杯戦争中は何ともなかったのに、終わってから――シロウがアーチャーに伝えたいことを話してから、あの緑の丘に雨が降り始めてから、シロウがアーチャーを避けようとしていると感じていた。
「ごめん、セイバー、耐えてくれ……」
 ぽん、とシロウの肩に手を置いて士郎は謝るしかない。
 突っ伏した顔を士郎の方へ向ける。これは憐憫の情を浮かべていると思っていいのか、と半信半疑でシロウは、わかったよ、と答えるしかなかった。

 凛が唐突に居候させてくれ、と言ってきたのは、昨日、何やら大掛かりな実験をして失敗し、屋敷の中がめちゃくちゃになってしまったからだそうだ。
 建物自体に損傷はないのだが、到底住める状態ではないので、自宅に戻れない凛は、聖杯戦争中と同じく、衛宮邸の別棟の洋室を借りることにした。
 夕食は衛宮邸で食べているのだから、問題ないでしょ、と凛は“率直な意見”を士郎に述べている。その強制権を内包した言葉を士郎が拒めないことを知りつつも……。
 そして、主である凛がこの家に居候しているので、アーチャーも当然ここにいる。
 遭遇したらどうしよう、とシロウは、ビクビクしながら屋敷内で家事をしていたのだが、予想に反し、アーチャーは姿を見せない。
 はっきりとどこにいるとはシロウにはわからないが、気配はなんとなく察せられるため、霊体化して屋根にでも上がっているようだ。
 なんにしても、助かったとシロウは胸を撫で下ろす。正直なところ、どんな顔をしてアーチャーに対すればいいのかわからないのだ。姿が見えないにこしたことはない。
 今のシロウは霊体化されてしまえば、サーヴァントの確かな位置や気配が読み取れない。シロウの魔力は極端に少なく、現界していることがギリギリの状態だ。気配を探ることも、戦うことも無理に等しい。
 確かに主である士郎からは僅かずつ魔力が流れてきてはいる。だが、屋敷の中で日常生活を送るだけであっても、あまり無理をすると疲れて動けなくなってしまうような状態だ。
 風呂掃除をしている間に動けなくなったシロウが帰宅した士郎と凛に救出され、そんなのでよく戦えたなぁ、と他人事のように感心する士郎を、凛が隣で色々とつっこみたいのを抑え、耐えていたのは、聖杯戦争後、数日経ったころの話。
 そんな魔力環境でありながら聖杯戦争を乗り切れたのは、ひとえに借り受けたセイバーの剣があったからだ。
 聖杯戦争が終わるとともに、セイバーの剣は消え、身に埋めこまれていた彼女の鞘も消失してしまった。彼女の剣は、それだけで魔力を伴っていたため、シロウは足りない魔力を彼女の剣から受け取りながら聖杯戦争を戦っていた。
 本当に一度きりだったのだ、と彼女の剣と鞘が消えて、シロウは少しだけ淋しさを覚えている。彼女の優しさが消えてしまったような、そんな喪失感があった。
「話すことはできたけど、伝わったのかどうか……」
 彼女との約束。剣を貸す代わりに必ず伝えてくれ、と彼女は必死に言ってくれた。
 だが、自分が伝えたかったことは、アーチャーを不快にさせただけだった。
「言い方が悪かったのかな……」
 縁側でぼんやりと空を見上げる。
「なんて言えば、喜んで……」
 ハッとして口を噤む。
(俺は、何を言っているんだ?)
 アーチャーに喜んでもらおうとしていたのか、と自問する。
「ち……、ちが……」
 どくどく、と鼓動が早まってくる。
 何を考えているのだろうか、とシロウは額に手を当てる。
「そんなことじゃ……、そういうことじゃ、なくて……」
 伝えたいと思ったことは話すことができた。
 だが、アーチャーにくだらない、と一蹴され、その上、呆れられ、怒りすら感じられる言葉を返された。
 よくよく考えると、確かにアーチャーの言うとおりであるから、シロウには反論することもできず、ただ、自分の思慮の無さを恥ずかしく思い、アーチャーを前にしては、穴があったらどころか、どこでもいいから入りたいと思う。あの鈍色の瞳の前に自身を晒すことが、何よりも恐ろしい。
「喜べるわけなんてないだろう……、俺の勝手な……」
 苦しくなってきて歯を喰いしばった。
 胸のあたりが疼いて苦しいのは、なぜだろうか。
 シロウは少し前から自分自身がおかしいと感じている。
 新都でアーチャーのあんな顔を見てしまってから、アーチャーを前にすると動悸が乱れていく。眩しげに自分を見ていたアーチャーの眼差しが、頭から離れない。
 だから、この屋敷に二人きりなど、とてもじゃないがいられない。
「俺……、いつまでこんなことを、続けるんだ……?」
 士郎と再契約をして、いまだ現界を続ける意味がもうない。自分が存在していることなどない。
 どの世界でも歪であることには天下一品の衛宮士郎だが、この世界の衛宮士郎はそれほどに壊れていない。驚いたことに、士郎は自分よりもまともなのだ。このまま凛が傍にいれば、なんら問題なく生きていけると思える。
 ならば、自分が見届ける必要もない。いや、彼を見届けることなど、初めから目的ではない。衛宮士郎は歪でも壊れていても、自らの意思で生きていくのだ、シロウの関与することではない。
 すでにシロウの目的は果たされている、ここに存在する意味はなくなってしまっている。
「もう……消えた方が、いいよな……」
「なんだ、座に還るのか」