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Green Hills 第3幕 「砂嵐」

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 突然の声に、びく、と肩が揺れ、シロウは恐る恐る振り返る。思った通りの姿があって、すぐに顔を戻した。
「還るのならば、きちんと挨拶はした方がいいぞ」
「わ……、わかってるよ……」
 声は思ったほど強く出ず、逃げるように主の部屋に入った。
「士郎、早く帰ってこいよー……」
 部屋の奥に座り込む。
「情けない英霊もいたものだな」
 呆れたような声が背後から聞こえ、びく、と肩が震えた。
「入って来るな」
 声も弱く、震えた。
「これを持ってきたのだが?」
 シロウが訝しげに振り返ると、きちんとたたまれた主の衣服を片手にアーチャーが立っている。
 アーチャーはまだ士郎の部屋に足を踏み入れてはいない。敷居の向こうの縁側に立っている。それは一応、なんらかの遠慮か配慮なのだろう。
 シロウは確認もせずに入ってくるなと言ったが、アーチャーは士郎の部屋に勝手に入るつもりなど毛頭なかったようだ。
「あ……、あ、ありがとう」
 わざわざ持ってきてくれたのか、とシロウは縁側まで受け取りにいく。
 士郎の服を受け取って、いまだに見上げなければならない鈍色の瞳を、少し勇気を出して見た。やはり少し奥歯が震えた。
 冷たくガラスのように透明で、何も映していないような瞳だとシロウは思う。この瞳は変わらないな、と自身が出会った時と同じ色であることに安堵と悲しさが混じる。
 この世界の衛宮士郎はどこかまだ救われる感じであるのに、どの世界でもアーチャーとして召喚されるエミヤシロウはやはり救われないのだとわかる。
「私の顔に何かついているか?」
 あまりに士郎が見続けてくるので、アーチャーは居心地悪そうに眉を顰めた。
「あ」
 今さら気づいたように、シロウがさっと視線を逸らす。
「……あまり、人の顔をじろじろ見るのは、いい趣味とは言えんぞ、セイバー」
「う……、その、悪い……」
 踵を返して、シロウはもう一度ありがとうと言って、部屋の奥へと戻った。



***

 縁側でぼんやりとしている横顔は、泣いているように見える。
 魔力が少ないせいで、あまり無理のきかない身体は、サーヴァントであっても病人と変わらない。透けるような白い肌は病的ではないが、沈んだ表情を浮かべていると、まさしく重病人のように青白く見えるから不思議だった。
 主である凛が衛宮邸に居候して一週間ほどが経つ。アーチャーはほとんどを霊体で過ごし、当番制になった食事の準備の時に姿を現すだけだ。
 アーチャーは霊体化して日がな一日何をしているかというと、シロウを眺めている。変態的な意味ではない。魔力の少なさから、いつ倒れてもおかしくはないので、凛から命令を受けているのだ。
「仲良くしなさい、とは言わないけど、こういう状況になったのも、何かの縁でしょ? 話くらいすればいいじゃない。いろいろあるでしょー。ほら、剣のことだったら、共通の話題だし、料理を教え合うとか、どんな人生だったかー……は、いらないか、えっと、なんでもいいじゃない、士郎のことでもいいから、話題はいくらでも、ね?」
 などと勝手なことを言って、結局、頼んだわよ、と凛はアーチャーにシロウを押し付けた。
 それを忠実に守る気はさらさらなかったのだが、アーチャーは今も霊体でシロウを見ている。
 癖になった、とアーチャーは辟易しながら思う。
 一週間も気配を追い続けているのだ、仕方がない、とアーチャーは言い訳しようとしているが、実際目が離せないのが本当のところだ。
 ひと通り家事を終えれば、少しふらつき、買い出しに出掛ければ、なかなか戻ってこない。何かあったのかと様子を見に出れば、近くの電柱にもたれてゼーハーしている。
 呆れながら買い出しをアーチャーが請け負うと言い出したのは、居候二日目のことだ。
 そんなこんなで一週間、アーチャーはシロウを眺めている。
 そのうちに、凛に頼まれたから見ているだけではない、と気づきはじめた。いつも気配を追ってしまっていることにアーチャーは気づきたくもないのに、気づいてしまった。
 この広い屋敷の中で、ひとり、ぽつん、とシロウはいつも座っている。縁側にいることが多いが、家主の部屋や居間でも、何をするでもなく、ぽつん、といる。
 寂しい姿だと誰が見ても思うだろうな、とアーチャーはいつも目を逸らす。そんな姿を見ていると、手を伸ばしてしまいそうになる。
(何を……)
 そうして屋根に上がる。シロウの寂しい横顔を見ていられなくなって、アーチャーはいつも逃げるように屋根に向かうのだ。

 そんな日々が繰り返される中、自身の不可解さも居心地の悪さも相まって、いつまで居候を続けるのかと凛に詰め寄った。
 だが、片付かないから仕方ないじゃない、とムベもなく返され、やや苛立っているところに、士郎が何やら文句を言いたげな顔で近づいてきて、予想通りに何やら言い立ててきたので、アーチャーも少し冷静を欠いた。
 ごっ、と鈍い音と肘に何かがぶつかった感触。
「っい、……た……」
 驚きに目を見開いたまま、蹲った塊を見る。
 赤銅色の髪。この衛宮邸の家主と同じ色。だが、家主は自分の正面にいる。
「セイバー!」
 士郎が蹲ったシロウに駆け寄る。
「あ、うん、平気」
 柱に左頬をぶつけたのか、手で覆ったまま士郎に笑いかけている。アーチャーは、ほっとして霊体化した。
「あ! こら、待て! 逃げんな!」
 士郎の声が聞こえていたが、アーチャーは屋根へと上がる。
「しまった……」
 家主の言葉にカッとなり、振り返った時に肘がシロウに当たってしまった。その反動でよろけたのだろう、柱にシロウは顔をぶつけたのだ。
 気配をいつも追っていたはずなのに、そんなに近くにいると気づかなかったのは、頭に血がのぼっていたからだ。
(小僧のくせに、なぜあいつの想いを踏みにじった、などと言って責め立ててきたからだ……)
 片手で目元を覆う。
「図星……だからだ……」
 カッとなったのは士郎の言う通りだったからだ。
 アーチャーは確かにシロウの想いを踏みにじったということになるのだろう。だが、自分に伝えたいがために輪廻の環から外れたなどと言われて、憤らないはずがない。
「ああ、謝りもしていないな……」
 故意ではなかったとはいえ、何も言わずに逃げてしまった、とアーチャーは深いため息をこぼした。


「アーチャー」
 登校前の凛に呼び出され、アーチャーは玄関前に姿を現す。
「あれ、ちょっと酷いわよ」
 なんのことだ、とアーチャーは不可解そうに眉根を寄せる。
「ちゃんと謝っておきなさいね」
 それだけ言って凛は、もういいわよ、とアーチャーを解放する。アーチャーが霊体化すると同時に士郎が玄関から出てきた。
「あいつ、結局あれから出てこないじゃないか」
 ブツブツと文句を言いながら凛とともに門を潜っていった。
 主たちを見送り、アーチャーは屋敷内で霊体化を解く。いつものように気配を探すと台所で後片付けのようだ。
 居間の障子を開け、台所を覗くといつもと変わらぬ光景。シロウが朝食の後片付けをしている。
 全くこちらの気配に気づかない。これはサーヴァントとしてどうなのか、とアーチャーは呆れながら思う。