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Green Hills 第4幕 「天気雨」

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Green Hills 第4幕 「天気雨」


「おい」
 びく、と肩を揺らして顔を上げたシロウに、アーチャーは不機嫌そうに眉を顰めた。
「飯だ」
「あ、ああ、ありがとう」
 立ち上がったシロウがよろめいたので、咄嗟にアーチャーはその腕を掴もうとする。
 瞬間、ざ、と飛び退いたシロウにアーチャーは目を剥いた。
 青藍の衣に銀の鎧、右手には莫耶が握られている。
 聖杯戦争が終わったと同時に、借り受けたセイバーの剣も鞘もシロウは失っている。扱う武器は自らの投影する剣のみだ。
「あ……、考え事を、して、いて…………ごめん」
 シロウが手にした剣を消し、武装を解きながら、バツ悪そうに謝る。青藍の衣は白いシャツとジーンズに戻った。
「ずいぶんと警戒されているようだな」
 笑いを含んで言えば睨んでくるだろう、と思ったアーチャーの予想は外れ、シロウは視線を落とした。
 アーチャーはあらぬ方へため息を漏らす。シロウには気づかれないよう、そっと。
 そうしておいて、当たり障りのない話題を口にした。
「セイバー、余計な世話かもしれんが、剣士としてその武装では、いささか軽装過ぎると思うのだが……」
 シロウの装備は胴当、籠手、脛当のみだ。聖杯戦争時は、それに顔を隠すための額当が加わっていた。弓兵ならばその程度でもいいだろうが、剣を持って接近戦となる剣士の装備が、その程度でいいのかと、改めてアーチャーは疑問に思った。
「あ、う、うん、そう、だな……」
 まともな返答とは思えない答え方をするシロウに、アーチャーはまたこぼしそうになるため息を飲み込んだ。
 数日前に魔力を提供してから、こいつはおかしい、とアーチャーにはわかっている。凛にも訊ねられた、何かあったのか、と。
 あったにはあった。魔力をあんな形で提供した。あれがこの原因だというのなら、アーチャーとしては、はっきりとした説明を求めたいところだ。あんな形とはいえ魔力を提供してやった、という自負もある。アーチャーは、なんら責められる落ち度はなかったと自認している。
 だが、このところ、シロウは以前にも増してぼんやりしていることが多く、アーチャーに過敏に反応、というよりもあからさまに警戒している。朝晩や休日、二人の主がいるときはそれほどおかしくはない。だが、アーチャーと二人だけになると、シロウは警戒を最上級にしている。
(なんだというのか……)
 腑に落ちない、とアーチャーは僅かな苛立ちを覚えながら居間へ向かう。
 シロウの態度には納得がいかないものの、それについて問答をするような間柄ではない、とアーチャーは傍観を決め込むつもりでいる。下手に踏み込むような真似をすれば、自身も何かしらのダメージをくらいそうな予感がしているからだ。
 それでも平日昼間は二人きりなので、完全に関わりを持たないというわけにはいかない。主に頼まれる買い出しなどもあるため、同じ屋根の下で生活をしているうちは、全くの無関係ではいられない。
 その上、凛が居候をするにあたり、炊事は交代制という話し合いがなされたので、アーチャーの当番日は、アーチャーが昼食を用意している。
 士郎の魔力供給量が少ないため、シロウは魔力を補うために三食以上とる必要があるのだが、その取り決めに平日の昼食は入っていなかった。
 家で昼食をとるのはシロウのみで、自分で昼食を作って食べるという暗黙の了解のようなものがあった。シロウも衛宮士郎であるために炊事は問題なくできる。誰もそこに気を配ってはいなかったのだが、アーチャーは律儀にも当番日の昼食を引き受けている。
 そういうわけで、だいたい週に一度のペースでアーチャーは昼食の準備が整うとシロウを呼びに行く。たとえ互いに、どれほど顔を合わせたくないと思っていても。
 いや、互いに、というのはもう当てはまらない。顔を合わせたくないのはシロウだけだ。

「え?」
 座卓に急須と湯呑が二つ置かれていて、シロウは思わず二度見してしまった。
 何も言わずにアーチャーは湯呑に茶を注いでいる。
 困惑したままアーチャーを見ていると、文句でもあるのか、と言いたげな鈍色の瞳がシロウを見る。さっと、目を逸らし、シロウは身を固くした。
 アーチャーは無言で湯呑だけを引き寄せた。正面に向き合って座ることもないので、台所側、角を挟んだシロウの右手側にアーチャーは陣取っている。
 急にどうしたのか、とシロウが困惑するのも無理はない。今まで一度もこんなふうにアーチャーが食卓にいたことなどない。
 朝食時も夕食時も、当番でなければ姿を見せないのが常だ。なのに、食べる必要のないアーチャーがどうしてそこに座っているのかがシロウには理解できない。
 その上、自身の心臓が壊れそうなほどに脈打っていて、シロウはわけがわからない。
 シロウには全く解することができない状況なのだが、アーチャーには理由がある。
 平日昼間、一人で食事をとるシロウの姿がどうにも寂しげで、アーチャーは一人で食事をさせるのがしのびなかった。朝晩が賑やかなだけに、静まり返ったこの屋敷に、ぽつん、と取り残されたようなシロウがどうしようもなく寂しく見えた。
 自分でも何を考えているのか、とアーチャーは首を傾げている。なんの感傷だ、と嗤いたくなる。だが、どうしようもなく掻き立てられるものは仕方がない、と誰にともなく言い訳している。
 本当なら毎回こうしたいのだが、訝しがられるのも癪で、自身が当番の時だけシロウの食事に付き合うことにした。
 一定の距離を置こうとは思っている。だが、霊体化していても結局はシロウを見ているのだから、と、アーチャーは自分の中で開き直ることにした。
(ここにいるのだ、と主張でもしたいのか、私は……)
 姿を見せなければアーチャーの気配を明確に感じ取れないシロウに苛立っているのは確かだった。
 自身の行動に、どうにもこそばゆい感じを覚え、決して家主に取られそうだと思ったからではない、と心中で言い訳をしつつ、アーチャーは憮然と茶を啜る。
「あんたのご飯って、いつも完璧だな」
 沈黙に耐えきれなかったのか、家主である士郎の定位置を空けて座ったシロウは、配膳を引き寄せながらそんなことを呟いた。
 微妙に空いた距離を眺め遣り、アーチャーはシロウへと視線を向ける。
「……それは褒めているのか?」
 眉間にシワを寄せて訊くアーチャーに、シロウは俯いたまま小さく笑う。
「褒めてるよ」
 その横顔はひどく憔悴している。
「……また魔力が足りなくなってきたのか」
 見開いた目が瞬きを忘れ、琥珀色の瞳が揺れている。
 アーチャーは、やはりか、と納得した。
 やはり、あの日からおかしいのだ、と確信した。
 魔力を提供した日からシロウはアーチャーを避けている。
 それに気づきつつも、アーチャーは様子を見ることにした。あんなことをしたのだ、気まずいだけかもしれない、他に理由があるかもしれない、とシロウを観察していた。
 だが、見ていれば見ているほど、原因はそこにしかなく、だんだんとアーチャーも自覚しつつあった。
 そして今、カマをかければ、あっさりかかった。ということは、原因は自分か、と認めざるを得ない。
「魔力量は問題なさそうだが、不具合でも生じたか」