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Green Hills 第4幕 「天気雨」

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「べ、別に……そ、そんな、こと……ない」
 俯いて、アーチャーからやや顔を背けて、シロウは答える。
 こちらを見ないシロウに無性に苛立ちが募り、アーチャーは迷うことなく手を伸ばした。
 肩に伸びてきたアーチャーの手が触れる寸前に、シロウは距離を取る。さすがにサーヴァントになっただけはある。シロウの反応は早い。
 互いに片膝をついた状態で向き合う形になった。ムッとするアーチャーと目が合って、シロウはすぐに視線を落とす。アーチャーの眉間にまたシワが刻まれた。
「その態度が、どういったものなのか、説明してもらおうか」
「説明する義理なんか、ないだろう」
 動いたのはアーチャーが先だ。僅かに遅れたものの反応したシロウだったが力で敵わず、アーチャーに腕を掴まれ、畳に押し倒される。したたかに背を打ってアーチャーを睨もうとしたシロウは硬直した。目の前の鈍色の瞳が自分を映していることに、身体の芯から震えがきたのだ。
「やめ……っ……やめ、ろ……」
 思わず上げた声が震えている。
 その声にアーチャーは内心、首を傾げる。剣を突き立てたわけではなく、ただその腕を掴んで畳に押し付け、乗りかかっただけだ。それほど過剰に反応されるようなことはしていない。
「セイバー?」
「ぃ、や、だ……やめろ……」
 揺れる琥珀色の瞳が恐怖に彩られている。
 驚きを隠せないまま身体を起こし、アーチャーは腕を掴んだシロウの身体を引き起こした。ガチガチに固まったシロウは、怒りなどではなく恐怖に唇をわななかせている。
 シロウが自身に本気で怯えているということを、ようやくアーチャーは知った。
「何もしない」
「うそ……だ、……う、そ……」
 揺れる琥珀。
 ああ、そうか、とアーチャーはようやく理解した。
(私はずいぶんと、こいつを傷つけてしまったのだな……)
 片手を頬に触れると、シロウは声を飲んだ。
 震えながら呼吸さえ止めてしまいそうなシロウの頬をそっと撫でる。
「何も、しない」
 繰り返して言うと、二度、三度と瞬き、シロウは震えながら小さく頷く。
 首筋まで下りたアーチャーの掌が項に滑り、ゆっくりとアーチャーは自身の胸にその頭を引き寄せた。
「何もしない、落ち着け」
 強張る身体に内心舌を打ち、まだ掴んだままだったもう一方の腕を放して、シロウの背中に手を回す。そっと撫でて、落ち着くのを待つ。子供をあやすように、優しく触れた。
(これのどこが理想の具現だ。こんな脆い正義の味方がどこにいる……)
 シロウの震えが止まるまで、アーチャーはずっとその背を撫で続けた。
(あの程度のことで、恐怖心を抱くなど……)
 どこの処女だ、とアーチャーは呆れながらも、やるせない。
 自分と過去を同じにするのだから、当然、俗にまみれていよう、などという勝手な解釈は甘かった。
 必要に迫られて口淫したとはいえ、半ば強引でもあった。そんなことをされて傷つかないと誰が言い切れるのか。
 思った以上にこのエミヤシロウが純粋で清廉なのだとアーチャーは知った。自分の秤でこの存在を測ってはいけない、と思い知った。
(すまない……、傷つけるつもりなど、なかった……)
 今さら悔やんでも仕方がないのだが、反省せずにはいられなかった。



***

 びくびくしながらシロウはアーチャーの用意した昼ご飯を食べている。
「それほど警戒することもないだろう?」
 呆れた口調に、シロウは、こく、と頷く。だが、アーチャーが茶を注ごうと急須に手を伸ばすだけで、びくん、と身体を跳ねさせる。
「は……、ずいぶんと嫌われたものだな」
 あらぬ方へ苦笑いとともにため息をつくアーチャーに、シロウは項垂れるばかりだ。
「悪い……」
「何も悪いことなど、された覚えはないがな」
 座卓に頬杖をついたアーチャーは、シロウを見ずに答える。目を合わすと極端にシロウの挙動がおかしくなるので、アーチャーはその予防策を講じている。
「でも、あんたは、気を遣っている、だろう……」
「……わかっているなら、その態度をどうにかしろ」
 ため息交じりに言われて、シロウはますます俯く。
「あんたが、変なことを、するからじゃないか……」
「子供をあやすのが変なこととは、心外だな」
「こ、子供じゃない!」
「ベソをかいて震えていたくせに、何を言うか」
「べ、ベソなんか、かいてない!」
 シロウがアーチャーを睨みつけると、くっ、とアーチャーは口端を上げて笑った。
「ようやくこちらを見たか」
「……ぁ」
 目が合うと逸らせなくなって、シロウは箸を握りしめる。
「セイバー」
 アーチャーのやけに真剣な呼びかけに、シロウは瞬く。
「お前は、どうして伝えたいと思った?」
「え……、だから、後悔しなかったって……」
「だから、どうしてだ?」
「どうしてって……」
 シロウは答えられずに視線を落とす。
「わからないのか?」
「……考えたことが……、なかった」
 小さく息を吐いて、ならば、とアーチャーはシロウに告げる。
「なぜ、お前はサーヴァントになってまで伝えたいと思ったのか、答えを出せ。その理由を私に説明しろ」
 言いながら立ち上がったアーチャーは、買い出しに行ってくる、と言って居間を出ていった。
「答えを……出す……? 理由、を……?」
 考えながら昼食を平らげ、後片付けをする。
 何をするでもない午後、シロウは縁側に腰を下ろした。
 風が温くなり、春の兆しが日々増してきている。
 縁側で風に当たりながらシロウは、なぜだろう、と考え続ける。
「俺は、どうして伝えたいと思ったのか……」
 呟いて目を閉じ、ただ、風を感じていた。



 買い出しから戻ったアーチャーは、洗濯物を片付けようと家主の部屋の方へ向かう。向かった先には先客がいた。
 縁側で後ろ手に身体を支え、風に吹かれるシロウを見つけ、アーチャーは足を止めた。
 その姿を見ると、自身の奥底から何かが湧き上がってきそうになる。
 目を離せなくなったのは、なぜか。自分はどうしてあの存在に、こうも掻き乱されるのか。
 アーチャーは苦いため息をつく。
 凛に目で追っていることを気づかれはしたものの、シロウに対する時は、表情にも態度にも出さないよう気をつけている。そうやって気をつけていなければ、ずっと追いかけてしまう。
 実のところアーチャーはシロウのことが気がかりで仕方がない。目で追ってしまうのもそのせいで、その理由が明確ではなくて、苛立ってもいる。
 魔力が少ないせいで、その辺で倒れていやしないかといつもヒヤヒヤしている。昼食はできるだけたくさんの食材を使って、少しでも魔力の補充になるようにと気を配ってもいる。
 日中、二人だけのこの屋敷内で、いつもその気配を追って、無事であれば安堵している自分がいる。
 確かにシロウは極小の魔力供給量であるために、いつ魔力切れを起こすかわからない。だが、それはアーチャーが気にかけることではなくて、マスターである士郎が気にかけて対処に当たる案件のはず。
 わかっているのに、気にかけてしまう。アーチャーにはどうしようもない。気になって仕方がないのは、頭で割り切れることではない。