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Green Hills 第5幕 「南風」

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 アーチャーには何が起こっているのかわからない。
 先ほどは抱きしめても何も言わなかった。それに拒んでもいなかった。
「もう、いいよ、もう、いいからっ!」
 シロウの言葉の意味がわからない。
 わからないのは、拒まれることもだ。
 触れたかったと言ったシロウが、どうして今になって拒絶するのかがわからない。
「アーチャーの、せいじゃない、違う、追いかけたんじゃ、ない」
「セイバー、なんの話だ」
「責任なんて、背負わなくていい!」
 腕の中に頭を隠して、絞り出された声は震えている。
 泣いているのではないのかと、だったら慰めてやらなければと、その腕を取ろうとして、アーチャーは手を止める。
「セイ……っ……」
 呼ぼうとして口を噤んだ。また拒まれるのではないか、とアーチャーは手を引いた。
「……動けるのなら、いい」
 それだけ言って、す、とアーチャーは消えた。
「っ!」
 アーチャーの気配がなくなってシロウは慌てて顔を上げる。
「あ……俺……」
 アーチャーの声がひどく頼りなげだった。床についた拳を握りしめる。
「俺……」
 項垂れて歯を喰いしばった。
 霊体化してしまったアーチャーをシロウは追うことができない。呼んでもきっと出てきてはくれない。そういえば、とシロウは思い返す。この家で、アーチャーを呼び出したことがなかったと、今さら気づいた。探すことはあったが、声にして来てほしいと言ったことはなかった。
「俺は……甘えていたんだ……」
 いつも呼ばなくてもアーチャーはいた。
 アーチャーが自分を気遣ってくれていることに慣れ過ぎていた。ふらつけば支えてくれる腕があった。足りない魔力を甘いキスで与えてくれた。
 それがどんなに貴重なものだったかを、シロウは今さらながら思い知った。
 両手で口を覆う。ただ、呼び声を漏らさないために、“アーチャー”と。


「あれ? アーチャーは?」
 士郎が配膳しながら首を傾げる。ここ最近、夕食時には茶を啜っていたりするアーチャーの姿が見えず、士郎は疑問に思ったようだ。
「ちょっと遠くに行ってくる、ですって」
「は? 遠くって、どこに?」
「さあ、知らないわよ。散歩でもしたくなったんじゃない?」
 凛は自身の従者のことなのに、そっけない。
「ふーん。飯食わないのか、あいつ」
「アーチャーは食べなくてもいいのよ、いつも食べていないでしょ?」
「あ、そっか、そうだったな」
 士郎は気にしたふうもなく、納得していた。二人のその会話をシロウはいたたまれない思いで聞いている。
(俺のせいだ……)
 アーチャーが帰ってこないのは、自分があんなことを言ってしまったからだ、とシロウは膝に置いた手を握りしめる。
「セイバー? どうした? 食べないのか?」
 士郎に言われ、慌てて箸を取る。
「い、いただきます」
 手を合わせて、食べはじめたシロウだが、せっかく士郎が作ってくれた夕飯の味も、ロクにわからなかった。
 士郎が凛と視線を交わして首を捻る。どうしたんだろうか、と小声で話し合う声もシロウには聞こえていなかった。



「あの時から……」
 セイバーの剣が聖杯を破壊し、聖杯戦争は終わりを告げた。
 朝焼けの中で、崩れ落ちた額当の下から現れたその顔に、アーチャーは言葉すら浮かばなかったのが正直なところだ。
 穏やかに微笑むエミヤシロウに驚くとともに、その眩しさに畏怖した。
「いや、もっと前から……」
 柳洞寺の池のほとりで、揺れる水面を眺めながらアーチャーは呟く。
 寺の再建は滞りなく進んでおり、本堂の修復もそろそろ終わるらしいと主たちが話していた。
 あの戦いの傷痕が少しずつ消えていくのを見て、アーチャーはどこか取り残されたような気がしていた。
 あのまま消えていくはずだったサーヴァントである自分たちは、いまだこの世界に残り、偽物の肉を得て、人のような生活をしている。
「……初めから、だな」
 アーチャーは、ふ、と自嘲の笑みを浮かべた。
 剣を薙ごうとしたその姿。青藍の衣に銀の鎧を纏い、光のように現れたセイバーのサーヴァント。
「私は初めから、アレに全てを持っていかれた」
 視線も思考も魂も何もかも全てが、あの存在に注がれた。
 欲しくて堪らなかった。
 あの光も、あの清浄さも。
 あの瞳が映すもの全てを奪って、ただ自分だけを見てくれと、どうしようもない想いに胸が燻った。
 煤だらけの心は次第に黒く硬く凝り固まって、どうしようもなく求めているくせに、手を伸ばすことさえできずにいて、それでも近寄ってくるから、触れてみて……。
「こうなると、わかっていたはずだ。そうだ、わかっていた、のに……」
 拒まれることが嫌だった、怖かった、悲しかった。
 しゃがみ込んで、腕の間に頭を埋める。
「拒まれたく、なかった……」
 吐き出された呟きは、ほとんど声にはなっていなかった。



「俺は……バカだなぁ……」
 気がつかなかった、とシロウは苦笑いを浮かべる。
 責任感で触れられるのは嫌だった。
 同情や気遣いでかまわれたくなかった。
 つまりは、そういうことだ、とシロウは自分の気持ちというものに気づいた。
 サーヴァントになったのは会いたかったからだ。後悔しなかったと伝えたかったのは本当だけど。
 ただ、アーチャーに会うためには、聖杯戦争が起こらなければならない。
 冬木の聖杯は壊したため、もうあの街で聖杯戦争は起こらない。
 ならば、聖杯戦争の頃に戻らなければならない。
 人間では無理だ。過去にはどうしたって戻る術がない。
 ならばどうすればいいか。
 一つの結論に至る。
 “人ではなく、サーヴァントなら……”
 単純な話だった。
 シロウはアーチャーに会いたいがために、サーヴァントになり、第五次聖杯戦争に参加した。
 あの時のシロウには何も考えられなかった。
 死を目前にして、シロウの心は、あの傷ついた背中にしか向かわなかった。
「俺は…………、本当に、バカだな……」
 窓辺の壁にもたれたまま、シロウは目を閉じる。
「もう……ダメだよ……、セイバー……ごめんな……」
 かつての従者であった少女に謝る。
 こんなことを続けてはいけない、とシロウは小さく嗤った。


Green Hills 第5幕 「南風」 了(2016/6/2初出,10/4誤字訂正)