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Green Hills 第5幕 「南風」

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「強い光に当てられて、自分が発火することを恐れてるってことじゃないか。あいつは保身のために、二の足を踏んでいるんだろ? あいつは自分が傷つくことなんておかまいなしなのに、なんだって、セイバーにだけは――」
「セイバーだからよ」
 凛が静かに諭すように言う。
「傷つくのが自分ではなく、セイバーかもしれないと思うから、動けないのよ」
「セイバーが……傷つく?」
「アーチャーは士郎の言う通り、自ら傷つくのなんて気にはしないわ。だけど、無理にその光に触れて、その光が翳ってしまったら、どうするの? 眩しいくらいの輝きが失われてしまったらどうする? 自分が触れたせいで、何もかもが変わってしまったら、そうして、セイバーが癒えない傷でも負ってしまったら……、そう考えてしまっても、おかしくないわよ……」
「そんな、臆病なこと……」
「臆病にもなるわよ、何にも代えられないくらい手に入れたいもの、なんだから」
「何にも……?」
「アーチャーはね、ずっとセイバーを目で追っているの。いつも気配を探している。何をしていても、どこにいても、静かにアーチャーは自分を押し殺してセイバーを見守っている」
 ジュースのストローを噛みしめ、凛は憤っているようだった。
「……だから私、セイバーの鈍さが無性に腹が立つこともあるの。アーチャーを苦しめるんじゃないわよ、って、張り倒したくなる。だけどね、セイバーも不器用だから……、やっぱり目の前にすると、なんにも言えないわ……」
 ふ、と凛はため息をついた。
「遠坂、ごめん!」
「は?」
 いきなりの謝罪に、凛は、ぽかん、として士郎を振り向いた。
「そんなにあいつらのこと考えてくれてるなんて、俺、思ってもなくて。アーチャーがセイバーを傷つけるんじゃないかって、そればっかりで……」
「仕方ないわよ、セイバーは可愛いもの」
「か、可愛いって……」
 士郎は唖然としてしまう。
「可愛いでしょ? もう、乙女すぎて」
「はい?」
 ちょっと意味がわからない、と士郎は首を傾ける。
「とにかく、見守るって決めたんだから、私たちは口を出さずに、成り行きを見ていましょ。あいつらが動かなきゃ、どうしようもないんだし」
「あ、うん、そうだな。ありがとな、遠坂」
 今度、何かおごってくれればいいわよ、と凛は笑った。



「セイバー……」
「へっ? アーチャー?」
 突然の声に振り向く間もなく背後から抱きしめられる。
「な、なに?」
 シロウの問いにアーチャーは答えない。
 食器を洗っているため、身動きできないシロウは、台所に閉じ込められたも同然だ。
 今さら逃げることもできないため、そのままにしておこうと、シロウは何も言わずに食器洗いを続ける。とくとくとく、と心音が速くなっていくのを誤魔化すように食器を洗うことに専念しようとする。
 あの夜、答えがわかったとアーチャーに伝えてから、頻繁にアーチャーが触れてくるようになった。抱きしめられることは日に何度もある。今のように日中だったり深夜だったり、時間に決まりはない。だが、基本的に二人だけの時だ。
 アーチャーが何も言わないので、シロウにはその意図がわからないが、こうして触れられることに嫌悪感はない。不思議だ、とシロウ自身、思っている。
 アーチャーには強引に魔力を提供してもらった後の怯えていた頃でさえ、抱き寄せられて背中を撫でられていた。確かに近寄るのは怖かったし、畳に押し付けられた時も怖かった。
 だが、アーチャーの温もりがそういう怖さをどこかへやってしまう。いつも突然なだけに、毎回驚くが、はじめは強張っている身体も、すぐに力が抜けていつもシロウはアーチャーに身を任せてしまっている。
(スキンシップ、なのかな……)
 シロウは理由を探している。
 アーチャーが自分に触れてくる理由がわからない。なので、どうにかして理由を見つけようと、アーチャーに抱きしめられながら、いつも、どうしてだろうか、と考えている。
「っ!」
 首筋に触れたアーチャーの吐息に息を呑んだ。
 鼓動がさらに跳ね上がる。まるで走った後のように脈打っている。顔が熱くなってきてシロウは俯いた。
 決して嫌ではない、背中に感じる温もりが心地いい。回された腕にキツくないほどで締めつけられていて、どこか安心感を覚えている。
 けれど、熱くなってくる顔も通常の倍以上の速さの鼓動も、アーチャーに知られたら、一気に全てを失ってしまいそうで怖くなる。
 食器をカゴにふせ、後片付けが終わってしまった。水を止めて手を拭きながら、意を決してシロウは口を開いた。
「アーチャー、あの――」
 不意に回されていた腕が離れた。背中から温もりが離れると同時にアーチャーの姿も消える。
「あ……」
 伸ばそうとした手が空を切って、そのまま身体の脇に落ちる。
 また何も訊けなかった、とシロウはため息をついた。
 消えていく温もりがひどく寂しい思いを掻き立てる。
 何も言ってくれないのは、何も言う必要がないからだろうか。
 自分はアーチャーにとって、いったいどういう存在なのか。
 サーヴァントになったことを怒られた。くだらないと、愚か者だと。
「…………ああ、そうか」
 結局、それ以上でも以下でもない。
 ただアーチャーは自分の魔力が少ないのをいつも気にかけてくれているだけで、それは、きっと人助けのようなものと変わらない心情で、自分に特別何かを思っているわけではなく、ただ助けてやらなければだめだから、ただ気にかけてやらなければならないから……。
 “追わせてしまったから”
 ぐわん、と世界が揺れた。
 立っていられずに、しゃがみ込む。
「は……、そ、か……、そ……だな……」
 声が震えるのはどうしてだろう。
 胸がひどく痛い気がするのはどうしてだろう。
 自身を追わせてしまった、サーヴァントになることを願わせてしまった、それはアーチャーの無用なはずの責任感なのだ、とシロウは思い至った。
 ぺた、とへたり込んで、腰が上がらない。
 何にこれほど衝撃を受けているのか、シロウは愕然と床についた拳を見つめる。
「そんなのは、当たり前のことだ……」
 アーチャーが責任を感じてしまうのは当たり前で、それを自分は謝らなければならないはずで、なのに、触れたかった、などとわけのわからないことを言って、アーチャーをきっと煩わせてしまっている。
「言わなきゃ……、もう、いいんだって……」
 胸が痞えたように苦しいのはどうしてだろうと、シロウはそんなことばかりを思っていた。


「――――た、セイバー!」
 びく、と肩が揺れ、アーチャーはほっと息を吐いた。
「あ、あれ?」
 自分がどこにいるのかわからないのか、シロウは辺りを見回す。
「たわけ、どうして早く言わない」
「え?」
「こんなところで座り込むほど、減っていたのなら、先ほど……、セイバー?」
 台所の壁の方へシロウは身を寄せていく。まるでアーチャーから逃れるように。
「セイバー?」
 呼んでもこちらを見ない。アーチャーは、何かおかしい、とその頬に触れた。
「やめ……」
 苦しげにシロウは声を絞る。
「もう、やめろよ!」
 アーチャーの手を払って、腕で頭を覆ってしまった。