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Green Hills 第6幕 「若葉雨」

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Green Hills 第6幕 「若葉雨」


「泣いてるんだ……」
 ぽつり、と呟いた声に凛は頷く。
「緑の丘で、一人で……」
 士郎は昼食のパンを、ロクに口を付けずに袋に戻す。
「セイバー……」
 項垂れてしまった士郎の頭を、ポンポンと軽く叩き、凛は小さなため息をついた。
 異変に気づいたのはアーチャーだった。
 早朝、隣の部屋で眠っているはずのシロウを起こす声が聞こえ、士郎が襖を開けると、シロウを起こそうとするアーチャーがいた。
 まだ早いから寝かせてやれ、と言おうとした士郎は、その光景に言葉を呑む。シロウは布団で眠っているわけではなく、部屋の壁にもたれたような格好なのだ。
 アーチャーの様子も尋常ではなく、士郎に目もくれず、ひたすらシロウを呼んでいる。
 士郎はすぐに凛を起こしに行った。寝惚け眼の凛を連れて戻ってくると、呆然とシロウを腕に抱くアーチャーがいた。
 目を覚まさない、と呟いたアーチャーの苦しげな声が今も士郎の耳に残っている。
 シロウは目を覚まさなくなった。
 何度起こしても目を開けない。魔力不足かと凛が診たところ、現界に必要な魔力は士郎から流れている。魔力が切れたのではない、座に戻ったとも言い難い状態で、シロウは眠ったままなのだ。
 あれから五日が経ち、凛はそろそろマズいかもしれない、と思いはじめている。
 このままではシロウは完全に座に還ってしまうかもしれない。今はまだ現界している肉体に魂核が残っているが、時間の問題だろうと凛は踏んでいる。
 それを士郎にどう言おうかと凛は迷っていた。今、士郎は何もできないことに焦っているばかりで、冷静ではない。そして心傷む心象世界を夢に見ているのだ。
 目を覚まさなくなってから士郎の夢に映るセイバーの心象世界は晴れている。その中で、緑の丘に跪いて、ただシロウは両手で顔を覆って泣いているのだという。
「ずっと、謝ってるみたいで……」
 ごめんなさい、と微かな声が聞こえる。夢の中で士郎が呼んでも仕方がないのだろうが、士郎は叫ばずにはいられない。目を覚ませ、そんなところで、一人で泣くなと。
「やっぱりアーチャーに関係することなのよね、きっと」
「アーチャーに? だけど、アーチャーも途方に暮れてるじゃないか」
「アーチャーにも原因はわからないんだわ。セイバーが何を思って、こうなったかのなんて、セイバーにしかわからないことだもの。だけど、あんなにラブラブって感じだったのに、急展開よ? 何かあったとしか考えられないじゃない」
「だけど、アーチャーがセイバーを傷つけるようなことをするってことはないだろ?」
「そうだろうけど……、問い質してみる」
「と、遠坂、あんまり無茶はしない方が……」
 士郎は凛を宥めようとするが、
「アーチャーを責めるわけじゃないの。あんなふうになる前、その直前に何があったのかを聞けば、解決する糸口になるかもしれないじゃない」
 凛は真っ直ぐな目で士郎を見つめる。
「泣いてるなんて、放っておけない」
 士郎はそんな凛を、心底、頼りになる奴だ、と思わざるを得ない。いつも凛は士郎の考え及ばない答えを導き出している。
「遠坂、ありがとな。ほんとにお前、すごいよ」
「あら、褒めたってなんにも出ないわよ」
 にっこりと笑う凛に、士郎は唇を引き結ぶ。
「必ず、セイバーをあそこから連れ戻す」
 早速帰ったらアーチャーに話を訊こうと、頷きあった。



「抱きしめれば、よかったのか……?」
 赤銅色の髪を梳き、指先で頬に触れる。眠るシロウの枕元でアーチャーは呟く。
 泣いていると思ったのだから、すぐにでも抱き寄せればよかったのだ。あの時の選択を間違えなければ、今、こんなことになっていなかったかもしれない。
 後悔が内側から身体を侵食していくようだった。じわじわと蝕まれていく感覚に慄く。この感覚はいつもあったものだ。永く存在する間、アーチャーは内から後悔に蝕まれて、守護者を続けていた。
 その感覚を今まで忘れていたのは、この世界の衛宮士郎に間違いではないと見せつけられ、このセイバーとなったエミヤシロウに魅せられていたからだ。
 後悔しないと断言した少年、後悔などしなかったと言った青年。どちらも眩しく、手の届かない同じ存在であるはずのエミヤシロウが己の懊悩をかき消してくれた。
 まるでリセットされたように真っ新な道が目の前に広がったような気がしたのは、ほんのふた月ほど前のこと。
 そうして、アーチャーには一つ、欲しいものができた。
 セイバーとなった、一点の穢れすら寄せつけないエミヤシロウの存在を、ただ欲した。
 清廉で、聖女のように純粋で、潔白な眩しいシロウを、穢しやしないかと、傷つけやしないかと、畏れながら、戸惑いながら触れて、壊してしまわないかと気遣いながら抱き寄せて、自らの腕の中にやっと捕まえたと思った矢先、すり抜け落ちるようにシロウは逃げていき、そして己を拒んだ。
「セイバー……、私は、どうすればよかった……? 拒むお前を、それでも抱きしめて、お前は傷つかないと言えるのか……?」
 ぎり、と歯を喰いしばる。
 拒まれた理由はわからない。いや、初めから拒もうとしていたのだろうが、行動に移せなかったのだろう。私に怯えていたのだから、とアーチャーは眉根を寄せた。
「どうすれば、いい! お前は、私を拒むのだろうっ? ならば、なぜ、私に近づいた! なぜ、私に手を伸ばした! 触れたかったなどと、なぜ、言った……」
 勢いを失くしていく声が静かな屋敷に吸い込まれていく。歯を喰いしばったまま息を吐き、自身を落ち着けようと、アーチャーは呼吸を繰り返す。
「お前は、私を拒んでいる、私から逃げようとしている……、それでも離したくない、と言えば……」
 軽蔑するだろうか、とアーチャーは疲れた笑みを浮かべた。
 そっとシロウの頬に触れる。温かく、いまだこの世界に留められている偽物の肉体。その額に自分の額を当て、目を閉じる。
「戻って来い、セイバー。お前の声が聞きたい。っ、お前に……、っ……、早く、戻って来い……!」
 温もりのある唇にそっと口づける。
 食事を取れない分、アーチャーはこうして魔力を吹き込んでいる。士郎からの魔力はいつも通り少ないものの滞りなく流れている。眠っているのでほとんど消費はしていない。
 だが、少しでも余分がある方がいいのだ。何か不測の事態が起きて、このままセイバーが消えてしまうなど、そんな事態は避けたい。
 ただ、魔力のこともあるが、それ以上にアーチャーはシロウに触れていたかった。だからこうして、日に数度、口づけて魔力を注ぐ。早く戻って来いと願いながら、祈りながら。



「アーチャー、教えてほしいの。あの日、何があったのか」
 帰宅した凛に静かに問われ、アーチャーは座卓に視線を落とす。
「アーチャー?」
 別段その表情に変わりはない。だが、凛にはアーチャーが沈んでいるとわかる。
 シロウが眠ったままになってから、アーチャーの心象が凛にも流れてきている。そこにはセイバーの姿があった。おそらく、アーチャーと剣を交えた士郎が見た光景と同じものが。
「何が起きた、と……、はっきりしたことは、わからない」