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Green Hills 第6幕 「若葉雨」

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 そう前置きして、アーチャーは低く呟くように話しはじめた。
 士郎と凛が登校してからしばらくは普通だったが、食事の後片付けを終えて台所で座り込んでいた。その時は眠っているのではなく、意識はあった。
 だが、正気ではなかった。呼びかけても応じず、どこか中空を見たまま、心ここに在らず、という感じだった。
 すぐに正気に戻ったが、もういいと、追ったわけじゃないと、責任を感じなくていいと言っていた、とアーチャーはあの日のシロウの状態を正直に口にした。
 色を失ったのは士郎だ。
「……っれで、それで、放っておいたのかよ!」
「もういい、と言われれば、私にはどうすることも――」
 静かに答えるアーチャーの胸ぐらを掴んで、士郎は鈍色の瞳を睨みつける。
「それが、セイバーの本音だと、思ってんのかよ」
 怒りに震える士郎は低く唸る。
「私は、そこまで理解するような道理も術も持ち合わせていない」
「てめぇ」
「士郎」
 鋭く凛に窘められて、振り上げそうになった拳を士郎は下ろす。
「言ったはずだぞアーチャー、あいつは言わなきゃわからないって! あいつは……、あいつは、脆いんだって、言ってやらなきゃ、わからないって!」
 怒りと悔しさを滲ませて、琥珀色がアーチャーを見据える。シロウと同じ色の瞳に耐え切れず、アーチャーは目を逸らした。
「そんなことだろうと思った」
 凛が静かに湯呑を置く。
「アーチャー絡みだとは思っていたのよね。実際、セイバーに影響を及ぼせるのなんて、士郎なんかより、ずーっとアーチャーの方が、可能性が高いもの」
「ちょっ、と、遠坂、なんか、その言い方、俺が、なんか全然って……」
「当然でしょ? 士郎はセイバーにとっては弟みたいなものだもの。それ以上でも以下でもないし、セイバーが思い詰めるような相手でもないじゃない」
 きっぱりと言い切られて、士郎は意気消沈する。アーチャーのシャツから手が放れた。
「なーんだ、結局、自己完結して引きこもっちゃったってことね」
「引きこもる?」
 凛の言葉を繰り返しつつ、士郎は座り直す。
「何をどう解釈したのかは知らないけど、何も解決せずに、全部なかったことにしようとしてるんじゃない、セイバーは」
「なかった……こと……」
 アーチャーが、ぽつり、と呟く。
「あのね、アーチャー。勝手にそんな結論に至ったセイバーもどうしようもないけど、あんたも悪いのよ!」
「私は――」
「士郎に言われたでしょ? 言葉にしてあげなきゃわからないって。大げさなことじゃなくて、それが真実よ。セイバーは私たちが思っているよりもずっとマイナス思考だわ。
 態度だけじゃわからない。言葉だけでもきっと足りない。面倒だけど、厄介だけど、それがセイバーなのよ。
 過去が衛宮士郎だったとか、アーチャーを目指したとか、そんなの考えずに、今のセイバーを見てあげなさいよ。そのくらい簡単に理解できるほどに、十分、あなたはセイバーを見ているでしょ?
 どんなに傷つけたくないと思っていたって、もうとっくにセイバーはボロボロに傷ついているわよ。だって自分自身で傷をつけているんだもの。その上、あなたの想いがわからないんだし。
 そりゃそうよね、最初に全否定されて、期待なんて持てるはずがない。
 わかってる? アーチャーは、マイナス地点からの出発なのよ? スタートラインにも立てていない。ナリフリ構っている余裕なんて、あなたにはないのよ!」
 凛の言葉に奥歯を噛みしめ、アーチャーは視線を落とした。凛の言うことが最もだとアーチャーは認めている。踏み出せないのは自らの弱さだとわかっている。
 それでもナリフリ構わずなど、できるわけがない。それで自分は満足かもしれないが、そうやって当たって砕けて、相手を巻き添えに瓦解してしまえば、どうすればいいのか。そんなことが、許されるはずがない。
「泣いてるんだ、ずっと……」
 士郎の声に、ぴく、とアーチャーは肩を揺らす。
「前に、傷つけるなって、泣かすなって、俺、言ったよな?」
 士郎の静かな言葉を聞きながら、アーチャーの眉間には力がこもっていく。
「だけどさ、セイバーは不器用だから、そんなの、無理だと思う……。俺を頼ってくれるなら、いくらでもあいつを守ってやる。
 でも、俺じゃダメだ。あんたじゃないと、セイバーはダメなんだ。遠坂の言う通りだよ、俺が与えられるものなんて、少ない魔力くらいだ。セイバーはあんたにしか反応しない。あんたのことであいつの頭の中、占められてる。見てたらわかるよ、どうしようもなく、あいつはあんたを追いかけてるって。
 ……だから、アーチャー、あいつを、一人で泣かせるな!」
「衛宮士郎……」
「頼む、セイバーを、ちゃんと見てやってくれ」
 頭を下げる士郎に、アーチャーは答えることができなかった。
(私のことでセイバーの頭の中が占められている? 衛宮士郎はいったい何を言っているのか……)
 アーチャーにはうまく理解できない。
「とりあえず、話は後にしましょ。先にセイバーをどうにかしないと、そろそろリミットだわ」
「リミットって?」
 士郎が凛を振り返る。
「座に還ってしまうかもしれないってこと」
 アーチャーが目を剥く。
「そんな! 遠坂!」
 士郎に目を向けてから、凛はアーチャーを静かに見据える。
「そうなったら手遅れよ。アーチャー、どうするの? このまま行かせていい?」
「…………いいわけがない」
 鈍色の瞳に確かな意思が見て取れた。ふ、と微笑をこぼして満足したように凛は頷く。
「なら、決まったわね。連れ戻すわよ」
「連れ……」
 立ち上がった凛を見上げアーチャーは言葉を途切れさせる。
「え? 遠坂? どうやって?」
「セイバーの世界に殴り込みよ」
「はい? 殴り込みって……」
 穏やかじゃないな、と士郎は唖然とする。アーチャーは呆気に取られているだけだった。


「いい? そのまま動かないでよ」
 アーチャーをシロウの枕元に座らせ、その手をシロウの胸に置かせた凛は、呪文を口にしながらアーチャーの手の上に手をかざす。
「アーチャーのタイミングでいいわ。入れると思ったらすぐに行って。セイバーを捕まえたらすぐに戻って。腕でも足でも首根っこでもいいわ、どこでもいいから掴んで離さないで」
「了解した」
「じゃ、いつでもいいわよ」
 こく、と頷き、アーチャーは目を閉じる。すぐに意識が飛んでいく。暗い自身の内から通り抜けて至った白い世界は、すでにセイバーの中か、とアーチャーは思いながら真っ直ぐに飛んでいく。まるで光にでもなったように高速で一直線にシロウを目指す。
 視界は白い世界。どこに何がとは、高速のために認識できない。ただ一つの姿だけを追う。
『ごめんなさい』
 耳に響くのか、頭に響くのか、そんな声だけが聞こえる。
 青藍の衣が見えた。
 驚いたようにこちらを見た琥珀色の瞳、こぼれ落ちた雫。
 “捕えた!”
 アーチャーの意識がこぼした声が凛に伝わったのだろう、
『絶対離さないで!』
 凛の声か思念かが大きく響く。
 当たり前だ、離すものか、とアーチャーもそれに応える。
 白い世界が急激に暗くなる。ハッと目を開けると、セイバーの胸の上に載せた自身の手が見えた。