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Green Hills 第6幕 「若葉雨」

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 手立てがない、と口に出して自身に言い聞かせる。
 それでも、焼けるような胸のむかつきがおさまらない。
「っ……」
 頭を抱えた。
 白銀の髪を握りしめ、歯を喰いしばる。
「……くそっ」
 悪態はどうしようもなく漏れていく。
 近づけない、触れられない、その姿を追うこともできない。
 拒まれた自分では、どうやっても傍にはいられない。
 だめだ、と自身を戒めて、必死に理性を総動員させる。
 そいつに触れるなと、今にも家主の部屋に押し入り、奪い去りたい。
「……くっ」
 屋根の上で、雨の前の湿った風を不快に思いながら、じくじくと熟しすぎた果実のような胸の内が、外に溢れてしまわないよう、慎重に慎重に蓋をする。
「は……っ……」
 熱いため息は湿気た風に紛らせて、この想いは何に紛らせればいいのだろうと、途方に暮れる。
「セ……」
 呼びそうになって口を腕で塞いだ。
 雲に覆われた空に、星は見えない。
 どうやって、とアーチャーは曇った夜空を仰ぐ。
 この熾火のような燻る想いを、どうやって消せばいいのか、とアーチャーはただ苦しさに喘いでいるだけだった。


 誰かの腕に抱かれている。
 シロウは少しだけ目を開けた。
 ああ、これは違う、とわかる。
 これじゃなかった、と気づく。
(あれは……)
 眠っている間、身体が何度も感じていた。
 熱く逞しい腕。甘い魔力を注ぐ熱い唇。頬を撫でる優しい掌。
 “戻って来い!”
 ハッと目を見開く。
 強い思念だった。自分に戻れと、戻ってきてくれと、懇願していた。
(そんなはず……)
 夢を見ていただけかもしれない。都合のいい、夢。
 自分のおかしな感情を具現化するような夢を……。
(あの腕がいい……)
 再び眠りに誘われながらシロウは思う。
 主の優しいだけの腕ではなく、あの熱く強引なようでためらいがちな腕がいい、と、眠りに落ちる最中、シロウはそんなことに気づいた。



「どーお?」
 雨の日は屋上でのセイバー心象世界占いはできないので、放課後の教室で、士郎は凛に勉強を教わる体で話し合っている。
 衛宮邸で二人のサーヴァントがいるためにできない話は、いつも学校で済ませている。たいてい、シロウの内面の話だ。
「なんとも」
「そうね」
「アーチャーが逃げてるからな」
 その声は不満だらけだ。
「逃げてるわけじゃないわよー」
「逃げてるじゃないか」
 自らのサーヴァントを庇うのか、と凛を睨む士郎に、凛は肩を竦める。
「あいつもエミヤシロウなのよ。それも、こじれにこじれた、ね」
「知ってるけど」
 憮然と答える士郎に、凛は苦笑する。
「見守るって決めたじゃない。私ももどかしいわよ、本当に。けれど、こういうのは、当人たちに任せるしか、しようがないわ」
「うん。だけど、またいつセイバーが――」
「ないわよ」
「そんなことわからないだろ」
「もうないわ、あんな中途半端なの」
「中途半端……」
「次、あんなことがあるとしたら、もう、セイバーは戻ってこない」
 凛のきっぱりした言葉に、士郎は目を見開く。
「戻って、こないって……」
「完全に、還っちゃうわ。そりゃあもう、ボロボロで」
「な……、そ、そんなこと――」
「だけど、解決するのはあの二人。私たちは口を出さないの!」
 指を突きつけられ、士郎は渋々頷く。
「大丈夫よ。アーチャーはセイバーを離したくない。まだ迷っているみたいだけど、きっかけが掴めないだけ。すぐに迷いなんて吹っ切るわ、必ず」
「信用してるんだな、アーチャーのこと」
「当たり前でしょ! 私のサーヴァントなんだから!」
 ともに戦った自負が凛とアーチャーにはある。士郎とセイバーがそうであるように、互いの主従の絆は深いものだった。



 初夏の陽射しが庭に注ぎ、ツバメやヒバリの鳴き声がせわしなく響く。
 シロウはぼんやりと明るい庭を見ていた。
 台所で動く者の気配を感じている。
 アーチャーが昼食を作っているのが気配だけではなく、音と漂ってくる香りでわかる。
 瞼を閉じた。
 その光景がはっきりと思い出せる。迷いのない動線で食事を作っていくアーチャーの姿が浮かぶ。
「こんなことは……やめないと……」
 項垂れて目元を手で覆う。
 あの緑の丘に引きこもった自分を引き戻したのはアーチャーだった。
 突然現れた気配に振り返ると、痛いほどに抱きしめられた。そのままアーチャーとともに引きずられて緑の丘から離れ、意識が戻った。
 目を開けると、安心したような主の顔が見えた。
 けれどもシロウはアーチャーを探していた。
 抱きしめられてなどいなかったと理解した時の落胆は士郎には申し訳なくて言えない。士郎も凛も自分を心配してくれていたことはわかっていたが、シロウはそこにいたアーチャーの無表情な横顔を見て、落ち込んだ。
 アーチャーにとっては、自分が目を覚まそうが眠っていようがどうでもいいことなのだと証明されたようで、悲しくて仕方がなかった。
(だけど……)
 戻って来い、と言ったのは、アーチャーではなかったのか、との疑念が残っている。
 あり得ない、とわかっていても、その確証はないのだ。
 そんな不確かなことに縋ろうとしている自分が情けなくて、少し可笑しかった。
(確かめて、みようか……)
 ふと、そんなことを思った。
 どのみちアーチャーには魔力を与えてくれていた礼を言うつもりだった。確かめて、それで終わりにしようと、シロウは顔を上げた。
「もう……終わりに……」
 涙がこぼれそうになって、ぎゅっと瞼を閉じた。


Green Hills 第6幕 「若葉雨」 了(2016/6/2初出,10/4誤字訂正)