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Green Hills 第7幕 「薫風」

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Green Hills 第7幕 「薫風」


 朝食の後片付けをしながらシロウは振り返ってみる。
 誰もいない居間。
 士郎と凛は学校だ。もう一人の同居人は、いない。
 あれから――目覚めてから、アーチャーを見ていない。
 いや、完全にその姿がないわけではない。食事の当番の時は台所で食事を作っている。昼食も時間通りに用意されていて、居間に行くとシロウの食事だけが置いてある。
 アーチャーは霊体化ができる。そうなるとシロウにはもう追えない。気配はあると感じられても、確かな位置は把握できない。
「は……」
 最後の皿をカゴにふせて、シロウはため息をついた。
 この屋敷にいながら、ようは避けられている。
 アーチャーはシロウを避けているのだ。
 原因はシロウにある。
 もういい、とアーチャーに言った。かまわなくていいからと、シロウが先にアーチャーから逃げた。それをアーチャーは叶えてくれているのだ。
 ここで背中から抱きしめられることは、二十日くらい前には普通のことだった。
 肩に手を置いてみる。自分の手では到底足りない熱。
 離れてしまった距離が、隔たってしまった温もりが、無性に寂しくなっている。
「バカだ、俺は……」
 自分が可笑しくて笑おうとしたのに、笑えなかった。代わりに目が熱くなって、慌てて腕で押さえた。
「なんでもない、なんでもない」
 平静を装って口にする。歯を喰いしばって、顔を上げた。
「洗濯物を……、干そう、うん」
 家事に専念する。
 突きつけられる現実から目を背けたいがために、身体を動かす。だが、無理をしてはまた動けなくなるため、シロウは没頭するほど家事に専念できるわけではない。
 洗濯物を干し終え、洗濯カゴを持って縁側に戻った。
「は……」
 ため息は、どうしようもなく漏れていく。
 ダメだ、と気を取り直して、片足を上げたところで、
「いっ!」
 スリッパを脱ぎ損ねて、縁側に脛を強打してしまった。
 半端に縁側に乗り上がったまま、すぐには動けない。
「うぅ……、い、痛い……、さいあ――」
「セイバーっ!」
 突然、現れた黒い影にシロウは驚いて顔を上げる。
「ぁ……」
「何があった!」
 真剣な顔で訊かれ、答えに窮する。
「セイバー、何があったかと訊いているだろう!」
「あ、う、あ、足、打った、だけ」
 見開かれた目が、バツ悪そうに逸らされた。
「……そ、そうか」
 すぐに立ち去ろうとするアーチャーの脚を、シロウは咄嗟に掴んだ。このチャンスを逃すわけにはいかない。いつもアーチャーの気配を追っては逃げられているのだ。話したくても話せない。訊きたいことがあっても、全く訊けない。この好機を、アーチャーを、シロウは逃がすわけにはいかない。
「ま、待っ、」
 訝しげにこちらを見下ろすアーチャーは、霊体化しようとしている。
「ま、待って!」
 シロウの必死な声に、アーチャーは思い留まったようだ。
「……なんだ」
 シロウを見ることなく背を向けたアーチャーは用件を言えと促す。
「あの……、お茶を、淹れるから……」
「……そんな気分じゃない」
「う、えっと……」
「用がないのなら――」
「あ、ま、魔力、ありがとう!」
 膝のあたりを両手で掴むシロウを、アーチャーは驚いて振り返る。
「あんたがずっと、魔力を、注いでくれたんだろう?」
「な……にを……」
 シロウは真っ直ぐにアーチャーを見上げている。その眼差しを受けることが罪深い気がしてアーチャーは目を逸らした。
「れ、礼には、及ばない」
 もういいか、と脚から離すために、シロウの手を掴もうとした。
「っ……ごめん……」
 シロウの呟きにアーチャーの動きが止まる。
 シロウを眠りから引き戻しに行った時にも聞こえていた、ひたすら謝罪する声。
「……ごめん……なさい……」
 アーチャーの脚からシロウの手が離れていく。その手を掴みたいと思いながら、アーチャーは見逃した。掴もうとしていた拳を握りしめる。
 シロウの声が震えていることにアーチャーは気づいている。もしかして、また泣いているのかもしれない、今度こそ選択を間違ってはいけない、とアーチャーはその顔を窺う。
 シロウと目が合った。琥珀色の瞳は真っ直ぐにアーチャーを見つめていた。
 どこまでも澄んでいる、雨の後の澄みきった青空を思い出させる瞳。
「アーチャー、追いかけて、ごめんなさい」
「っ……」
 咄嗟に声が出なかった。アーチャーは目を瞠ったまま、何も言えなかった。
 シロウは笑おうとしている。膝の上で握った拳を震わせて、必死になって笑おうとしている。そして、その真っ直ぐに見つめてくる琥珀色の瞳に、アーチャーは決心を見て取った。
 最後にしようとしている、と、わかった。
 全てを謝って、何もかもをなかったことにしようとしている。そうして、もう還る決心をつけたのだと。
(自分の中でだけ解決して、肝心なことを伝えずに、消えてしまおうと……)
 だから笑えないのだろう、とアーチャーはため息をついた。
 何もかも押し込めようとするから今にも泣き出しそうなのだろう、と指摘してやりたくなる。
(泣いていると言った……)
 士郎の言葉を思い出す。ずっと泣いているから、もう一人で泣かせるなと、士郎に懇願された。
(私のことで頭がいっぱいなのだと、セイバーは、私にしか反応しないのだと……)
 それがどういう意味なのか、わからないほどアーチャーも愚鈍ではない。
(だから…………、なぜ私だ。どうして……)
 なぜ、そんな一心に己を追うのか、そんなくだらないことを、と言いたい。
(そんな目をして、そんな真っ直ぐに、純粋で、潔く、清廉で、穢れを知らず……、愚かで……)
 そんなお前が愛おしくて仕方がないのだと、欲しくて欲しくて堪らないのだと、喉元まで出かかって、アーチャーは呑み込んだ。
 すと、とその場に腰を下ろす。
「まったく……」
 髪を荒く掻き乱し、アーチャーはシロウと膝をつき合せて胡坐をかく。
 シロウの握りこまれた手に触れると、驚きからか、その身体が強張った。
「お前は、まだ、そのことに拘っているのか」
「え?」
 アーチャーの言葉の意味がよくわからずシロウは数度瞬く。
「サーヴァントになったことを後悔しているのか」
「あ……っ……」
 答えられずにシロウは目を伏せた。今までなら後悔していないと断言できた。だが、シロウは気づいてしまったのだ、自らの不毛な感情に。
「しているのか……」
 ため息とともに吐かれたアーチャーの声に、シロウは小さく頷き、俯いた。
「だから言っただろう、くだらないと。愚かだと。まったく、今さら後悔などと……、目も当てられ――」
「だって!」
 その言われように、シロウは顔を上げる。
「知らなかったんだ! こんなっ、こんなふうに、好きになるなんて、思ってなかった!」
「…………」
 驚きに満ちた鈍色の瞳を真っ直ぐに見つめ、シロウは必死に訴える。いくらそれが真実だとしても、アーチャーには、いや、他の誰に蔑まれてもいい、アーチャーだけには、そんなふうに言われたくはなかった。
「あんたを追いかけたのが、こんな感情からなんて、思ってもなかった! あんたが好きだなんて、俺は、全然、知らなかった!