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Green Hills 第8幕 「夏灯」

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――― Interlude ―――

 ぱらり、ぱらり、ページをめくる。
 革の装丁はアンティークそのもので、題名や著者名などは一切ない。
 肩にかかる黒い髪を時々払いのけ、彼女は一心に視線を注いでいる。
 時折、机に置いた紅茶を口に含み、ふぅ、とため息をついたり、ふふ、と笑みをこぼしたり……。
 どうやらその本は、物語か何か、読み物の類のようだ。

 ぱらり、また、ぱらり。
 紙をめくる音だけが静かな室内に響く。
「へぇ、そうなの……」
 小さな呟きは、会話ではなく独り言。
 机に置いた本を持ち上げ、座り心地のよさそうな革張りの回転チェアにもたれ、窓の方へ少し椅子を回す。
 驚いたことに、持ち上げたその紙面には、一切文字が書かれていなかった。
 文字どころか、絵も写真も全く無い白紙なのだ。
 長い黒髪を指先で弄び、ふふ、とまた小さな笑い声がこぼれる。
 まるで、その本には、楽しい物語でも綴られているかのように……。

――― Interlude out ―――



Green Hills 第8幕 「夏灯」


「あっちー!」
 梅雨の中休みだろうか、朝から天気がいい。
 九十パーセントに近い湿気と威力を増した陽光で、不快指数は百パーセントを軽く超えているだろう。
 額の汗を袖で拭きながら、士郎はひとり、大物の洗濯物を干す。久々の晴天だ、湿度は高いが、ジメジメ感の拭えない布団を天日に干し、シーツを洗い、洗濯機はフル稼働している。
「ふぅ……」
 シーツ一枚広げるだけで汗が噴き出る。先ほどまでは従者も手伝っていたのだが、何しろメラニン色素をどこで落っことしたのか、というような白い肌が、陽射しに当たって真っ赤になり始めたので、家の中へと慌てて連れ戻した。
「セイバーは、長袖と帽子着用じゃなきゃ、外に出てはいけません!」
 びし、と指を突きつけ、まるで小学生に指導するように士郎は言い放った。
「でも、洗濯も――」
「問答無用!」
 有無を言わさず士郎は言って、居間にシロウを座らせる。
「手当てしてもらえ」
 朝食の後片付けをしていた凛の従者が、保冷剤と濡れタオルを持ってきた。アーチャーにシロウを託し、士郎は再び庭へと戻る。
「ほら、腕を貸せ」
 赤く熱を持ったシロウの腕をアーチャーはそっと取った。
「まったく、上着も着ずに外に出るからだ。着ないのなら日焼け止めでも塗っておけ」
「今まで、そんな物、塗ったこともないし」
 シロウは不貞腐れて言う。生きていた頃はこんなじゃなかった、と憮然としている。その顔が可愛いと思っているアーチャーは、その目、どころか脳ミソをやられているからである。
「サーヴァントになった時点で何かしらの変化が起こったのだろう」
 機嫌良さそうに手当てをするアーチャーに全てを任せ、シロウは肩を竦める。
「面倒な変化だなぁ」
 氷水で冷やした濡れタオルを腕に巻かれ、タオルを巻いた保冷剤を鼻頭に当てて、シロウはしょんぼりとため息をつく。
「おはよう。って、セイバー、なんだか、朝からすごいことになっているわね」
 居間に入ってきた居候の凛は、日曜だからか、のんびりと寝ていたようだ。あくび交じりに台所に入っていく。
「洗濯物を干してたら、こうなった」
 シロウが凛に説明すると、
「アーチャーが毎朝、日焼け止めを塗ってあげればいいんじゃなーい? 梅雨が明ければ夏本番だし、もっと大変になるわよー」
 まったく心のこもっていない凛の言いように、シロウはムッとする。
「そのくらい自分でできるよ」
 子ども扱いするな、と凛に反論するが、その傍でアーチャーはまんざらでもない顔をしている。
「セイバー、では、毎朝――」
「自分でできるって!」
「いや、だが、先ほど面倒だと言っていただろう」
 むくれるシロウに、アーチャーは承諾を得ようと必死なようだ。
「朝から、お熱いわねー」
 居間での従者たちのやりとりを、目を据わらせながら見ていた凛は、乾いた笑いを漏らした。
「あはは、幸せそうで、何より、何より」
 ミネラルウォーターを飲んだコップをシンクに置き、今日の昼ご飯は素麺あたりが食べたいな、と家主に催促するために庭へ向かう。
「わー、あっつー!」
 凛が陽射しを避けるように手を翳せば、ちょうど洗濯物を干し終えた士郎がカゴを持ち上げたところだった。
「遠坂、おはよう。ずいぶん今日はゆっくりだったんだな」
「ええ、ちょっと遅くまでかかっちゃったから」
 凛は何やら深夜まで作業をしていたらしい。
「ふーん。冷たい紅茶でも淹れようか?」
 おそらく魔術関連のことだろう、と士郎は詳しく訊かず、寝不足な様子の凛を気遣った。
「いいわー。居間はちょっと熱くて入れないからー」
 凛が肩を竦めるので、士郎は、ああ、と頷く。
「そっか、うん。そうだな」
 庭から縁側に移動し、並んで腰を下ろす。日陰に入ると、幾分暑さはマシに思える。
「なあ、遠坂、あいつら、さ……」
「うん。そうね」
「……まだ、何も言ってないぞ?」
 士郎が凛を半眼で睨む。
「言わなくってもわかるわよ」
 凛は、ふふん、と笑う。
「あの二人もだけど、士郎はどうするつもり?」
「俺? 俺は……」
 高校三年生ともなると、この先のことを考えなければならない。そろそろ進路を見据えて、みな準備にかかっている時期だ。
「まだ迷っているの?」
「いや……。だけど、俺は魔術師になりたいわけじゃない」
「ええ」
「ロンドンで魔術を学ぶっていうのは、何か違う気がしてる」
「そうね」
「だけど、知っておいても無駄じゃないって、思ってもいる」
「あんたの人生だもの、しっかり悩めばいいと思うわ」
 すっぱり言い切られ、お師匠様の言う通りだ、と、士郎は項垂れる。
 その頭を、ポンポンと凛は軽く叩く。
「士郎の理想は高すぎるものね。……だから、なおさら私はロンドンへ行くべきだと思う」
「遠坂?」
「理想の実現の足しにはなる、ってことよ。こんな機会、使わない手はないわ。魔術協会の一員になれとは言わない、だけど、使えるものは使っておいても損はないってことよ」
 凛は、割り切ってしまえばなんということもない、とでも言いたげだ。
「無理強いはしないわ。だけど、私はあんたと行きたいと思う。だって、放っておくと、アーチャーみたいになっちゃいそうだもの」
 あいつほどひねくれてはいないけど、と、からから笑う凛に、士郎は顔に熱がのぼってくるのを感じる。
「あの、えっと……、それって……」
「女の子にここまで言わせているのよ、士郎」
 はっきりしなさい、と凛の目が言っている。
 ロンドンに行こうと心は決まりかけていた。ただ、士郎は色々と考え過ぎてしまっていたのだ。
 住む者のいないこの屋敷をどうするかや、言葉の問題もある。ただ、それらはどうにかなることであって、確たる妨げではなかった。踏ん切りがつかないのは、このまま凛に甘えていていいのか、ということも頭をよぎっていたから。
「うん、ごめん、遠坂。俺はやっぱり、未熟者だな」
「知ってるわよ。弟子だもの」
「はは、お師匠様には、敵わないな」
「当たり前でしょー」
「これからも、よろしく、遠坂。ロンドンに、俺も行きたい。ついていっても、いいか」