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Green Hills 第8幕 「夏灯」

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 右手を出して、決心した士郎は頼もしい笑みを浮かべている。思わず凛が赤くなってしまうほどの男らしい顔だった。
「……う、い、いいに決まってるでしょ! よ、よろしく、されてあげるわよ」
 拗ねたような口調になるのは、照れ隠しか、急に男になるな、と言いたいのか。
 握手を交わした二人は、次のステップへと舵を切った。
「……それでさ、遠坂、ロンドンにあいつらは――」
「連れて行けるわけないでしょ」
 あっさり否定されて、士郎はがっくりと肩を落とす。
 進路よりもそっちか、と凛はつっこみそうになるのを飲み込んだ。
「契約は解除しないといけないわ」
「そうなると、もう……」
「そうね……」
 士郎が目を伏せる。凛も笑えなかった。
 仕方がない、とわかっていても、あの従者たちを引き離すのが忍びない。
「なあ……、何か、手立てはないのか?」
「手立てねぇ……」
 凛は腕を組んで、青空を見上げる。
 沈黙が流れる。
 サーヴァントは契約を解除すると座に還る。座に在る本体へと戻っていくのだ。
「あの、さ……、セイバーは自分が英霊かどうかわからないって、言ってたんだ。座に戻ったら、あいつ、あそこでずっと独りになっちまう……、セイバーだけでも残すことはできないのか?」
「英霊じゃ、ない? どういうことよ?」
 士郎の質問よりも凛はそのことに引っかかった。
「え、あ、っと、願っただけだからって、死ぬ間際に、アーチャーに会いたいと願ってしまっただけだから、英霊になったかどうかはわからないって。セイバーになったのは、剣を借りたからだそうだ。自分が聖杯戦争をやった時のセイバーが貸してくれたんだって言って……」
 凛は信じられない、と目を丸くする。
「剣を、借りて……? それ、どういう……、って、あああっ、もうっ、むちゃくちゃよ! ほんっと、エミヤシロウはどうしようもないわね!」
 凛が、キッと士郎を睨む。
「英霊じゃないのなら、なんとかできるかもしれない」
「ほんとか? 遠坂!」
「だけど、確証はない。それに、上手くいったかどうかを確かめる術が、私たちにはない」
「それ……どういう……」
「じっくり考えさせて。士郎、もう少し時間をちょうだい」
 その顔は、立派な魔術師の顔だった。こういう時、士郎はいつも思う。彼女は、高校生の皮を被った魔術師だ、と。
 そして、そういう顔をしたときは、必ず勝算があることを、士郎は知っている。
「わかった」
 頷いた凛に、士郎は全幅の信頼を寄せて、遠坂に任せる、と告げた。



***

 主たちの学校が夏期休暇に入り、遠坂邸の片付けをはじめることとなった。
 学校があるうちは集中してできないという理由で、凛は荒れた屋敷をそのままにしていた。アーチャーを酷使して、やろうと思えば数日で片付くはずなのだが、居候の居心地の良さと、サーヴァントたちの一喜一憂させられる“コント(凛はラブコメではなくコントだと言い張っている)”に気が向いていたため、自宅の修繕にまで手が回らなかった。
 どのみち来る者を寄せ付けない遠坂邸であるため泥棒の心配はないが、さすがに自らの工房が使えないのは魔術師としてダメだ、と凛はやっと決意したらしい。
 春から夏にかけての衛宮邸の居候も、ようやく重い腰を上げた、ということだ。
「セイバーは一階奥の書斎の方、お願いね。士郎とアーチャーはこっち」
 凛がテキパキと指示を出し、遠坂邸の修繕作業がはじまった。
 もちろん魔術師の家であることから、外部の人間は介入することなく、弟子の士郎と二体のサーヴァントの四名で行われる。
 シロウは魔力量を考慮した、比較的被害の軽い書斎の片付けを言い渡された。
「休みながらでいいから無理しないで。早く終わったらそのまま休んでいていいから」
 凛に言われ、素直にシロウは頷く。
 ひと通りの掃除用具を持って、書斎の片付けに向かおうとするシロウに、後でとっておきのケーキを用意してあるから、と甘党のシロウが琥珀色の瞳を輝かせるようなことを付け加え、なでなで、とその頭を撫でる。
「遠坂……、セイバーは子供じゃないんだから……」
 シロウを見送った凛はやや頬を染めて士郎を睨む。
「だって、可愛いんだもん」
「だもん、じゃない……」
 不貞腐れる凛に、士郎は額を押さえる。
 女子高生に頭を撫でられて文句も言わず、されるがままなのも問題があるな、とやや自らのサーヴァントに躾が必要だろうかと本気で思ったりした。
 凛は、ついシロウには甘くなってしまうようだ。何しろ、アーチャーとうまくいくようになってからのシロウは、いつもニコニコしている。
 それはもう天使と言われても、誰も文句をつけないほどに、周りを幸せにしてくれる笑顔なのだ。衛宮邸の食客たちすらおかずを譲ってしまうような威力を持っている。
 衛宮邸に出入りする者たちには、士郎の実の従兄でハーフだということで通っていた。
 少々強引だが、実の従兄なら似ていても問題はない、とはアーチャーの意見。似ているどころの問題ではないという酷似性には目を瞑ってもらおう、という強引なアーチャーの舌先三寸で、食客たちは丸め込まれてしまって今に至っている。
 そしてシロウは甘党である。ビックリするほどの甘党である。
 和洋スイーツもさながら、特に甘い飲み物が大好きなのだ。コーヒーショップでは砂糖やガムシロップを多めで頼むのは通常で、その上に生クリームのトッピングなど、見ただけで士郎が胸焼けを起こしそうなものを平気な顔で飲んでいる。
 その上、家ではジュースや缶コーヒー(もちろん微糖などではない)やミルクティーを常習的に手にしている。中毒なのか、と士郎がげんなりするほど、空き缶の量が半端ではない。
 あちらこちらからの貢ぎ物と思われる品々が台所の隅にケースで積まれはじめたのは、梅雨入り前からの話だ。
 そんなエミヤシロウとは思えない甘党っぷりが、どこからどう見ても可愛げの欠片もない従者や弟子と同じとは思えない、と凛のハートを射抜いてしまったので、ついついスイーツを貢ぎたくなるのも仕方がない。
「あんたたちに可愛げがないからよ」
「男に可愛げなんてものがあってたまるか! アーチャーもなんとか言えよ! セイバーが遠坂に餌付けされてもいいのか!」
「いや、まあ、喜んでいるのなら……」
 問題はない、とアーチャーも何を思い起こしているのやら、遠い目で妄想に耽っている。
 こいつもか、と士郎は項垂れ、そういえば、と新都での壮絶な光景を思い出す。
「こいつがコーヒーショップの胸焼けしそうなあの飲み物を与えてたんだった……。おまけに生クリームたっぷりのパンケーキとかつけあわせにして……、うっぷ」
 思い出しただけでも胸焼けが、と士郎は部屋を片付ける前にぐったりと疲れてしまった。
(あれを目の前で見ていて、アーチャーはなんともなかったのか……)
 正直なところ、士郎は我が目を疑いたくなる光景だった。
 生クリーム責めのようなシロウと対面にいて、アーチャーは眉一つ動かさず、心なしか微笑を浮かべている様子だったのが、士郎には鳥肌モノだった。
 どこのホラーだ、サスペンスだ、と冷たい汗を何度拭ったことか。
「セイバーなら、なんでもありなのか……?」