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Green Hills 第9幕 「無月」

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Green Hills 第9幕 「無月」


「どうしても行かなければならないか」
「ならない」
 きっぱりと言い切るシロウに、アーチャーはため息をこぼす。
「文化祭に行くなど……、砂を吐きそうだ」
 本気で吐き気がしてきた、とアーチャーは口元を手で覆った。
「大丈夫か?」
 その背中をさすって、顔を覗き込んでくるシロウに、ちら、と目を向け、がば、と抱きしめる。
「アーチャー?」
「お前の頼みでなければ、絶対に行かない」
 憮然とした声に、アーチャーの肩に顎を載せたまま、シロウは笑う。
「何を笑っている。お前がどうしても、と言うから行くのだからな」
 恩着せがましく言うアーチャーにさらにシロウは笑みを深くする。
「わかってるよ」
 まだ笑っているシロウの顔を窺うようにアーチャーは少し身体を離した。
「魔力は?」
「平気だと、思う」
「……補充しておくか」
 有無を言わさず口づけたアーチャーの背中にシロウも腕を回す。
 学校までの往復を考え、シロウは朝からあまり動かないようにしていた。全力で走ったりしなければ魔力は問題ない状態だ。おそらくアーチャーもそのくらいの見当はついている。
 だが、アーチャーは魔力の補充を理由にしなければキスができない。理由もなく濃厚なキスをしてはならないと自身を戒めている。それはひとえにシロウのためだ。この純粋培養のお子様なサーヴァントを傷つけないようにと、アーチャーは格別の配慮でもって接している。
 そんなアーチャーの気遣いや心の葛藤などにシロウが気づくはずもなく、学校に行くのを渋っている姿が、なんだか可愛い、とシロウは笑っている。
 アーチャーの並々ならぬ努力はいつ報われるのだろうか、とは主たちの常の話題だ。
 まあ、報われなくてもいいんじゃない? と、シロウ独占禁止法を掲げた凛などは吐き捨てていたりはしたのだが……。
「そ、そろそろ、行かないとさ……」
 ずいぶん長くなってしまった魔力の補充に、僅かに唇を離してシロウは呟く。
 間近にある鈍色の瞳が放つ熱で、魔力不足でもないのに、シロウはくらくらしてしまう。
「そうだな、ゆっくりと歩いて行くか」
「すごく嫌なんだな……」
「お前が平気なのが不思議なくらいだ」
 眉を顰めるアーチャーにシロウはまた笑った。



「へー、いっぱい屋台がある。すごいなー」
「覚えていないのか? お前は記憶があるのだろう?」
「こういうのがあったとは、なんとなく覚えているけど、俺は裏方だったからさー」
「ああ、だろうな」
「アーチャーもだろー」
「私は記憶にない」
 上手い逃げ口上だ、とシロウは笑う。
 エミヤシロウという生き物は、学生時代、人の役に立とうと必死だった。それがまるで自身に課せられた人生のノルマのように、馬車馬のように誰かのために身体を動かすことに専念していた。
 そんな遠い過去を二人は、苦い思いで笑っていた。
「アーチャーは、セイバーを覚えているか?」
 不意に紡がれたシロウの問いにアーチャーは足を止める。
 瞼を閉じても、もうその顔ははっきりとはわからない。
 ただ残っているのは、風に靡く金の髪と、朝焼けの中で別れた少女のぼんやりとした面影だけ……。
 知らず俯いていた顔を上げると、シロウが少し先で立ち止まり、振り返る。
 シロウは微笑んでいた。けれど、どこかその微笑みは、泣き顔にも見えた。
 抱きしめたくなる。
 ここが、主たちの通う学校ではなく衛宮邸であるなら、すぐさま抱き寄せて、しばらく離しはしないだろう。そんなことを思いながらアーチャーは歩を進める。
「セイバーならば、目の前にいるが」
 シロウの目の前で、そう答えた。
 自分にとって“セイバー”とはお前しかいないとでも言うようにアーチャーは、はっきりと告げた。
 ぱちくり、と瞬くシロウは、少し困ったように頬を掻く。
「えっと……」
 そうじゃなくて、と言うシロウの腰に手を回して、アーチャーは歩き出す。
「ぼんやりするな、人が増えてきた」
「あ、うん……」
 アーチャーに促されて、屋台の前を歩きはじめる。
「あまり、ぼやっとしていると、この場で魔力を与えるぞ」
「あ、あわわ、い、いい、ですっ」
 ようやくシロウは、しっかりとした足取りで歩き出した。

「あ、セイバー」
 ジュースのケースを二つ抱えて通りかかった士郎が、待っててくれ、とすぐ側の屋台にジュースを配達し終えて戻ってくる。
「探そうと思ってたんだ。会えてよかったよ。今年は屋台が増えたんだぞ。甘いものもあるから、いっぱい食べてけよ」
 言いながら士郎は、ポケットから屋台で使える無料券を取り出し、シロウに渡す。
「悪いな、案内とかできなくて。遠坂は図書室だって言ってたぞ。あと、魔力は、大丈夫か?」
 最後の質問だけは小声で士郎は訊く。
「ん。大丈夫。遠坂の所は後で行ってみるよ」
「そっか。それじゃな、あ……、っと、アーチャー」
 シロウの背後にいたアーチャーに士郎は声をかける。
「頼んだぞ、セイバーのこと」
「言われるまでもない」
 不機嫌に言われ、士郎はムッとしながら校舎の方へ駆けていった。
「なんだか、保護者同伴みたいだ」
 アーチャーと士郎のやり取りを見ていたシロウは不貞腐れる。
「間違いではないだろう。無理をすればどこで倒れるかもわからんのだからな」
 アーチャーはそっけなく答えた。
「なんだよ、士郎もアーチャーも!」
 むくれるシロウの頭を引き寄せ、行くぞ、とアーチャーは歩き出した。



「ねえ、ねえ、見た?」
「見た、見た!」
「ねー、すっごくカッコイイよね!」
「そうそう、背が高くって、髪とか、何だろ銀髪?」
「もう一人はね、すっごく色が白くて、細いけど、やっぱり背が高いのよ」
「衛宮くんの知り合いなの? さっき話してるの見たよ」
「ええー! 紹介してもらいたいー!」
「でね、でね、すっごく仲がいいみたいでぇ」
「こう、銀髪の人がね、そっと背中に手を回したりして」
「そうそう、色白の人もね、腕絡めたりして」
 キャー、と黄色い歓声が沸く。
「でもさ、全然、違和感がなくて、自然なのよねー」
「外国の人なのかな?」
「そうだと思う」
「モデルさんかなぁ、背が高いし」
「そうかもねー」
 廊下ではしゃぐ女子生徒の会話を耳にして、あー……、と凛は額を押さえた。
「そりゃ、目立つわね、あの二人が揃って歩いていたら。それに、いつもの感じなら……」
 おそらく凛の予想通り、彼らは通常の状態でこの学園内を闊歩しているのだろう。
 彼らの通常ということはすなわち世間ではズレているという常識が、彼らの脳ミソにはインプットされていない。
 常識をひけらかしそうなアーチャーでさえそんな状態に陥っているのだ。
 これは聖杯の欠陥かしら、それともサーヴァントになると、常識も非常識も一切合財排除されてしまうのかしら。
 いいえ、と凛は肩を竦める。
「全てはセイバーのせいよ!」
 拳を握って断言できる、と凛は意気込む。
「あれではアーチャーも形無しだわ。ほんとに、ほんっとに、天使すぎて……」
 はあ、と凛はため息をつく。
「どうしてかしら、可愛いのよねー。士郎にもアーチャーにも、ほとんどそういうところは……」