【弱ペダ】ぼくとせんぱいのデート
天気は晴れ。そして祝日。とは言っても人の出はまあまあ。皆もっと栄えた街の方へ出かけてしまっているのだろう。坂道たちが暮らす町では、普段よりちょっと多いかな? と言うくらいだ。駅を中心に各種洋服を扱う店舗からわりと大きめな本屋、CD屋、ドラッグストアなどが入る商業ビルがいくつか建っており、その内の一つには映画館が入っていた。
そんなビルや周りに立ち並ぶ小売り店や飲食店へ人が入り、また人が出てきて町中を回遊する。
だが、巻島と坂道はその流れを邪魔する小岩のように、道端で二人して固まっていた。いや、動けなかったのだ。確かに物凄い一日になりそうだ。思い描いたのとは全く違う意味で、だが。
マズイ……。ど、どどどどど、どうしよう……!
ダラダラと坂道の顔じゅうに汗が噴き出ては流れ落ちる。
原因は二人の趣味があまりにも違い過ぎることだ。映画の好みも、買いたいものも、全てが違ったと言っていい。ただ唯一同じなのは自転車だけだ。スポーツ用の自転車を主に扱っているショップを見つけて、ふらりと二人で入った。それぞれが見たいものを見て、そして相手の見ているものを見て、そして店主らしき人と一頻り話す。巻島もそれなりに楽しそうだし、自転車に関しては良く喋った。店主は好きなものになると途端の饒舌になるタイプだったらしく、坂道は酷く親近感を抱いた。始終和やかな雰囲気で、パーツを見ただけ、と言う高校生の二人に店主も優しかった。だからその時までは良かったのだ。
だが、店を一歩出て、次はどこへ行こうかと言う話になった瞬間から、このどうしようもない沈黙が続いている。
他に何処にも行きようがないのだ。
巻島の溜め息が、坂道を突き刺すように聞こえる。ど、どうしよう……! こんなつまんない奴、巻島先輩に嫌われてしまう。
「あ、ああああああ、あの! 巻島さん! お、おひゃでもしませんかっ?」
そうだ、どこか喫茶店かカフェなんてとこに入ればなんとかなるかも知れない。
「今日、もう四回目っショ」
巻島の言葉は、少し呆れているような気がした。何かと言えばお茶をしに店に入った。この調子で行くと、けして大きな町とは言えないここ近隣のカフェやら喫茶店を制覇してしまうだろう。ついでにお腹もたぷたぷになる。
「あ、ああああ。あの、すいませんっ!」
どうしよう……。
その言葉しか浮かんで来ない。どうせなら他に何かいい選択肢や考えが浮かんでくればいいものを。
折角デートに誘ったのに! 全然デートできてないよ! 『ラブ☆ヒメ』に拠れば、デートって、もっとこう……、楽しいものじゃなかったっけ!? 湖鳥が町中を楽しそうにデートする男女を見て、羨ましがっていたではないか。その彼らは映画館へ行き、本屋、CD屋へ行き、服なんかを見て回っていたから、それをすればデートだと思っていたのに。
それでもCD屋は多少マシだったか。巻島と一緒に、彼の趣味らしき洋楽の棚を見たが坂道にはさっぱり判らなかった。坂道にとってはCDと言えばアニソンが主だが、店舗限定の特典が付くアキバのショップで買うのが当たり前で、他の音楽ジャンルを扱った店舗には全くと言って良いほど来たことがない。服屋は坂道がそもそも興味がなく、ただ巻島が見て回るのに付き合ったから、それはまぁ、らしかったかも知れない。
だが、映画館へ行き、アニメとアクションスリラー物と互いの観たいものが全然違ったり、本屋へ入った瞬間、コミックスとグラビア雑誌とバラバラの方向へ進みそうになったのには驚いた。
全体としてはやはり、『デート』と言う言葉から連想する、楽し気なものから現時点ではほど遠いと言うしかない。
ふむ、と巻島が鼻を鳴らした。その音に身体がびくりと震え、冷や汗ばかりが出てきて、つうと身体を流れ落ちる。
「えー……、その、なんだ。折角だし、走りに行くか?」
巻島が坂道の頭にぽん、と手を乗せて、わしゃわしゃと短く刈り込んだ髪の毛を掻き回した。
「まきしまさん……」
「あー……、自転車だけは共通してるだろ。どーせなら、らしいのが一番ッショ」
口元のほくろの辺りを掻きながら、巻島が照れくさそうに笑う。
「はい……!」
坂道は目一杯首を縦に振った。
一度解散してそれぞれの家に戻って準備を整えると、学校の近所のコンビニで落ち合う。ここは総北高校の学生も良く使うが、中でも自転車競技部は毎日のようにここでパンやバータイプの補助食料などを買ったり飲み物を買ったりしている、常連客だ。店舗の外を掃除していた店長が、やぁ、とよく見かける二人に手を振った。
「休みの日も練習? 大変だね。さっき君の同級生たちが寄って行ったよ。相変わらずケンカしっぱなしだねぇ」
「鳴子くんと……」
「今泉だな……」
思わず巻島と坂道で顔を見合わせて、余りに二人らしすぎて笑ってしまった。休日でも自主練を怠らない。彼らがそうする理由はたくさんあるが、その内の一つは確実に互いをライバル視しており、アイツにだけは負けたくない、その一心だったりする。
店でドリンクと菓子パンなどを買い込む。夕方のシフトに入っている大学生のバイトが、レジを打つ。彼も顔見知りだ。
「あの赤い髪の子と、よくケンカしてる子と二人で来たよ。朝と昼とさっきの三回」
店の中で暴れたりしないから良いが、それでもみんなに覚えられてしまうほどケンカしているのもいかがなものか。
「あ~、迷惑かけて……」
「すいません……」
「イエイエ! この店のちょっとした名物だよ。おじいちゃんおばあちゃんの常連さん達が、折角だから今度試合? 見るって言ってたよ」
巻島たちの言葉に大学生が笑う。
「そうだ、来週からまたクジが始まるよ」
坂道が好きなアニメのコンビニ限定クジを知っているほど、ここをよく使っている。普段の練習と同じなのに、今日は何故だかこそばゆいような気がする。練習ではなく、巻島とただ走りに行くからだろうか。ほんのわずかな違いなのに。
「行くか」
「ハイ!」
コンビニを出てロードレーサーに跨ると、巻島が少し嬉しそうに笑う。その顔を見るのが大好きだ。つられて坂道も笑顔になってしまう。
二人で、更に地元で行くとなれば、当然峰ヶ山だ。ひたすら上って降りて上って降りて。互いに競い合うのだ。
山に入るまでは速度も大人しい。とは言え、普通の自転車よりはスピードが速いけれど。車通りの多い場所はきちんと交通法規を順守する。そして、本領を発揮するのは山道に入ってからだ。峰ヶ山は休日でも車通りはそんなに多くない。
どちらともなく、ペダルを漕ぐ速度が上がった。ワゴン車とすれ違ったその先に車はない。後ろからの車もいない。となれば、ペダルを回すしかない。
最初の登りは巻島が勝つ。だが、反対へ降りて戻ってくる登りは坂道が勝った。その後の往復はどちらも僅差で巻島の勝ち。勝敗を一応競ってはいるが、抜きつ抜かれつしている時間は二人にとっては勝ち負けよりも大事なものだった。
朝から変わらずの晴天が続く。町中では少し暑かったような気もするが、峰ヶ山は日差しを遮る緑の葉が生い茂り、こずえを渡る風が涼しい。
そんな中を、巻島さんが僕と走ってくれる。
作品名:【弱ペダ】ぼくとせんぱいのデート 作家名:せんり