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【弱ペダ】ぼくとせんぱいのデート

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 坂道にとっては、それが一番大事で、嬉しいことだった。
「山、楽しいか?」
 先を走る巻島が、坂道に聞く。
「ハイ! 楽しいです!」
 間髪入れずに答えた。
「そうか」
「ハイ! 巻島さんと走れるの、凄く楽しいです!」
 坂道の満面の笑みに、巻島が、クハ! と笑う。
「ほ、本当ですよ!」
 苦しい上り坂にも関わらず、巻島が堪えきれずに笑いを洩らす。
「本当に、本当に、本当です!」
 信じて貰えてない、信じて欲しい。坂道は本当です、と繰り返す。
「お前のその顔見りゃ、判るッショ」
 こつん、と巻島がからかうように、優しく坂道のヘルメットを叩いた。坂道も思わず笑う。こんなやり取りすら、嬉しくて仕方がない。いつもの練習と同じ。でもほんの少し違う。巻島が笑ってくれる回数。そして優しく触れてくれる回数が少し多い。
 それで、十分だった。

「巻島さん」
「どうした?」
 峰ヶ山を上りきった辺りの空き地で、二人はぼんやりと暮れてきた町並みを見ている。夕陽が巻島の髪に射して、キラキラと輝いているような気がした。優しく微笑んで坂道を見るその顔までが、神々しく感じるほどだ。
 巻島さんがカッコよすぎて、心臓がバクバクする!
「あ、あのっ! そのですね!」
 口を利くのも畏れ多い気がして、途端に慌てたようになってしまう。あの、その、と繰り返す坂道を、巻島は小さく微笑んだまま、ゆっくり待ってくれる。
「あのっ! 今度どこか山に行きませんか? その……、自転車で」
 傍に立てかけた二人のロードレーサーを指す。
 『普通』のデートなんてものは、二人には所詮無理ゲーだった。
 だけれど、二人にしか出来ないデートだってきっとある。どんなに『普通』じゃなかろうと、二人らしければ、それでいい。
 ライバルとして鎬を削るのも、友達との付き合いでもない。全てを望めばきりがないし、巻島と関わる全ての人たちと坂道が入れ替わることは出来ない。
 逆に、巻島と坂道とでしか出来ない、何か。それは誰にも取って代わられたくない、二人だけの大事なことだ。
 それはたとえば……。
「ああ、いーぜ」
 クハ、と今日一番の笑顔で笑う巻島の顔を見ることとか。
 大好きな人が自分に笑いかけてくれる。そんな顔がカッコよくて、心臓が痛いほどにドキドキする。それでも嬉しくて、自分もつい笑ってしまう。その巻島が坂道の髪の毛をわしゃわしゃと掻き回して、額に優しくキスを落とした。
「ま……、まきしまひゃん……」
 巻島の行為が頭に沁みるとともに、あわあわと慌てる坂道を、巻島がそっと抱き寄せた。安心させるようにもう一つ額に優しい口付けをする。
 それだけで頭がぽやんと熱に浮かされたようになる。こんなに近い距離が許されるのも、きっと二人だけのこと。知らず強請るように巻島を見上げれば、啄ばむような甘いキスに翻弄された。坂道も一生懸命にキスを返し、口が離れるとふは、と荒い息を吐く。
「この先はまだか……」
「ふえ……?」
 巻島のぼそりと呟いた言葉は、乱れた呼吸を整える坂道自身の音で邪魔されて聞き取れなかった。巻島がくしゃくしゃとまた坂道の髪を撫でる。
「いーな、山に走りに行くの。楽しみッショ」
 巻島のその言葉を聞いて、坂道は心底嬉しくなる。
 他の誰とも普通じゃない。二人だけの普通。それが自分たちの大事なデート。

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