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Quantum

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 会うべきか、会わざるべきか。
 サガの協力要請に素直に応じるほうが得策なのか、あまり使わぬ領域の脳をフル活動させて策を弄するべきか、いまだ結論を出せずにシャカはいた。シャカに対して裏があるわけではないのだとしても、かといって額面通り、サガが対話するだけだというのも考えにくい。サガの実力を考えれば無策のまま彼と対峙するのはあまりにも危険かつ無謀で愚かなことである。それに、もう一つの懸念があった。

「苦し紛れだとしても、アレは失敗だったな」

 シャカのいうアレとはアイオロスとの応戦で負った傷のことを思いつきでサガに『試しの君』との間で生じた傷だと告げたことだ。聖域にサガが戻ればアイオロスと会うだろう。うまく遣り過ごしたどころか、非常にまずい。
 アイオロスが傷を負わせたことに気付いていない可能性は低い。ばれるのも時間の問題……というよりも既にばれている可能性の方が高いわけで。そうなると彼是策を弄したところで無駄な足掻きでしかないのだと思うと、なんだか考えるのも馬鹿馬鹿しいものだ。きっと近いうちに決着し、茶番劇は幕を下ろすのだ。
 狸寝入りの教皇――シオンに厭味の一つでも云われるだろうが、あの教皇のことだ。今回が駄目でも次なる手を既に考えていることだろう。古狸のことだから。それにつくづく思った。人の裏をかくような工作は己の性に合わないのだなと。

「ふぅ……」

 そこかしこから気持ちよさげに謳う小さな囀りに耳を澄ましながら、一つ息を吐く。青々と茂る緑に支配された中庭の風景をシャカはうっすらと開いた眼で眺めた。
 先日、サガが心ここにあらずといった風情で座っていた草臥れた腰掛けが目についた。彼はそこで何を考え、何を思っていたのか。少し気になった。そして、サガは聖域の皆を欺き、二つ心を抱いていた時にはどんな思いで日々を送っていたのだろうかとシャカは思考の波に身を委ねる。
 取り返しのつかぬ所業、清廉の手を汚してまで手に入れた教皇の玉座。その高見から見下ろした聖域はどんな風に彼の目に映っていたのか。

「その口から、訊いたこともなかったな」

 中庭へとつながる廊下から裸足のまま、一歩踏み出す。乾いた土はさらりと足裏を撫でて、離れていった。小さな池では気ままに蓮や睡蓮が水面を覆っていた。水辺に添えられた小岩へと手を添え、腰を掛ける。すいと手先を伸ばして水面に生じる風の波紋を追った。

「――ならば、訊いてみるのも一興か」

 教皇を演じ続けたサガほどに欺き通す自信はないけれども、もしも、まだ正体がばれずにいたのなら、ほんの少し、演じてみようか。視線を上げてシャカは曇りのない空を見上げた。



作品名:Quantum 作家名:千珠