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Quantum

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 先刻の昏さなど微塵も感じさせない爽やかな微笑を浮遊させて、耳に心地よく通り過ぎるサガの声。敢えて避けたのだと詳らかにするようでシャカはもやもやとした気持ちになる。けれども今、無理に穿り返したところで大した話もできないだろうと、シャカはすんなりと引くことにした。これは貸しだぞ、と小さく呟く。聞こえているのかいないのか、サガは薄く目を細めるだけだ。

「まず確かめておくが、シャカ。おまえは積極的に賊を探して捕らえるつもりではなくて、しばらくインドに身を置くつもりなのだと人伝に聞いたのだが?」

 確かにそんなことをアイオリアには云った覚えがあるが、どこをどういう経緯でサガに伝わったのだろうかとその情報網に薄ら寒さを感じながら、こくりと頷く。

「正直、そのつもりではあったが……何か不都合でもあるのかね?」
「そうか。まぁ、あまり褒められたものではないが。おまえらしい手法ではあるから別にどうということはない。じっと待ち受けて相手が出向いてくるのを待つというのもありだろう。実際、幾人かは相手が出向いてきたと聞いた。それはまあいいとして。シャカに頼みたいのはおまえが動く必要はないのだが、彼の者の居場所を探って欲しいことと、そして突き止めた際には知らせて欲しいのだ……この私に」
「賊の場所を探るだけ、ということかね?」
「ああ、そうだ」
「そして見つけたら、他の者ではなく君に知らせよと?」

 こくりとサガは頷いてみせる。つまり捕縛にはサガがあたるというわけなのだろうかと訝しんだシャカをサガは静かに声を落として、囁くように告げた。

「私は……試しの君と会って話がしたい。アイオロス兄弟が先に捕らえてしまえば、その機会は得られない気がする。今ならば、まだチャンスはあるだろう。私一人よりも、こういったことに長じているおまえの協力を得る方がいいと思ってな」
「つまり―――君は敵に通じるつもりかね?」

 あくまでも素性の知れぬ者に対するつもりでシャカはサガの申し出には懸念を抱いた。知らず厳しい表情になるが、サガは相対するように穏やかな笑みを浮かべながら首を振った。

「それは違う、シャカ。私はあの者が敵だとは限らないと思っている。私はただ、会って確かめたいことがあるんだ。今回のことも含めて色々と、ね……」
「なにを眠たいことを。あやつは教皇を手にかけ、仲間すらやられているこの現状においてそのようなことが言えるとは……」

 呆れたように溜息を吐き、深々とソファーに身を沈める。サガの魂胆が見えない。ただサガの瞳の奥底に仄暗い影が視えたような気がして足元が冷えていくような気がした。

「協力はできないと、そういうことか?」
「できないとは言っておらぬ。ただ、わざわざ話す必要があるのかと思うだけだ、私は」

 そうまでサガが拘る理由はなんなのだろうと考えるが、以前に正体不明の者としてサガと対峙した際にも話したがっていたなと思い起こす。

「逆に私はなぜ話す必要がないと考えるのか不思議なのだが。相手のことをよほど理解しているというならば別だが」

 サガのいう言葉に深い意味はないのかもしれない。が、後ろ暗さのあるシャカはギクリとする。一聖闘士としてみれば、正体の知れぬ相手は教皇の信を得てその傍にありながら、教皇を貶め、黄金聖闘士たちを打ち崩している者だ。その意図はどこにあり、何であるのか、宣言していたわけではないのだから、謎の行動でしかないのだ。サガのように話したいと思うのも道理であり、尤もなことだ。

「―――わかった。君がそこまでいうならば、探ってみよう。もし、居場所が見つかれば君に伝えればいいのだな?だが、もしも奴が現れ、再び私に闘い挑んできたのならば、私は迎え撃つつもりだ。それは了承してほしい」
「十分だ……それでいい、シャカ」

 目を細め満足げに頷いたサガは長居を詫びて立ち上がり、ほんの少しの間だったが、シャカを見つめていた。その眼差しの意味がわからずにシャカは首を傾げる。

「なにかね?」
「やはり、覚えていないのか?」
「なにを?」

 サガの質問の意味がわからなくて尋ね返すが、軽くサガは頭を振るだけだった。

「いや――それなら……そのほうがいい……しばらく無理はせず、養生しろ。傷に触るだろうから」
「よくわからないが、わかった。養生に努める」
「それから、シャカ」
「なにかね?」

 一瞬言おうか言うまいか迷ったような節のあるサガだが、意を決したのか深く息を吐いた後、静かに告げた。

「ずっと尋ねようと思っていたのだが――なぜおまえは私を避けない?」

 思ってもいない問いかけに、一瞬何を問われたのかわからなくなったが、すぐに切り替える。

「は?いきなり何を言いだすかと思えば。一体どう意味かね」
「教皇やムウ、アイオロスやアイオリアほどではないにしても、おまえにも大概のことをしたつもりなのだが。まったくおまえは昔と変わらない」

 今も昔もさしてサガとは親しくもしていないし、かといって他の者たちとてそれは大差ない。あえていうなら、修業の地が近場だったムウが僅かに顔を会わせる機会が多いくらいなものだから、変わる、変わらない以前の話だとシャカは思いつつ答える。

「逆になぜ君のことを避けたり、私が変わる必要性があるのかと聞きたいところだ。もしも、沙羅の園でのことを引き摺っているならば、サッサと忘れたまえ。あの時は互いの正義を貫いたまでのこと」
「そういうものなのか?」
「そういうものではないのかね」

 目を瞠ったサガは少し視線を落としたのち、口元に笑みらしきものを乗せて「そうか」と納得したように頷く。対してシャカはもやもやと落ち着かない気持ちになったが、確かめる間もなく、すっかり明るくなった外を一度眺めたサガは「では、また」と告げると次の瞬間には立ち去ってしまったのだった。

「ふむ……」

 なんだかサガだけが謎を持ち帰ってしまい、一人取り残されたような気分に陥ったシャカは少しの間呆けたのちに、サガが今しがたまでいた場所を薄く睨む。
 ちりっと傷の在処を告げる痛みに小さな舌打ちをし、わずかに上気した頬を手の甲で拭った。


作品名:Quantum 作家名:千珠