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Quantum

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 するりと遮断されていた中へとシャカは忍び込み、視線を巡らすと寝台の上にはちゃんとシオン教皇が眠りについていた。静かに両の眼を開けて検分するように見つめる。

 聖戦時、仮初の生を得た時のように黄泉がえりの際、十代の肉体で復活をというアテナからの提案もあったらしいが、シオンは異を唱えたらしい。教皇としての迫力に欠けるという理由で壮年設定にしたとのことだ。それが功を奏してというわけでもないだろうが、醸し出される雰囲気はやはり聖域に君臨するに相応しい絶対王者のごとく、であった。それを継ぐ者を見出すための今回の『試し』はきっとシオンの考えている策中の一つでしかないだろう。シャカの知らないうちに既にいくつかの『試し』がひっそりと執り行われていたかもしれない。疑心暗鬼に陥りそうになる。

「―――ごきげんよう……麗しき眠り姫に挨拶に伺いましたが、シオン教皇?」

 寝台の端に腰をかけてシオンの寝顔を覗き込む。気持ちよさげに眠りにつく様子に少々苛立ちさえ覚えるシャカだ。落書きでもしてやりたいところだ。

「幾つかの問題が生じていますが、さてどうしたものかと悩んでおります」

 今ここで、戯れに口づければ目を覚ますのだろうか?そう思い、シャカはシオンに覆いかぶさるような姿勢を取り、あと僅かで唇が触れそうな位置で停止する。さらりと癖のない艶やかな髪が流れ、シオンの頬を掠める。シャカの髪を戯れに摘まみ上げては指で弄ぶといったことをシオンは殊更気に入っていたなと思う。

「―――無防備」

 さぁどうぞ殺してくださいとばかりに眠りを貪り喰らっているシオン。フッとシャカは笑んだ。そのような不遜な考えを起こす者など今の聖域にいるはずもないだろうが。

「ああ……過去にいたな、そういえば一人」

 スッと離れてシオンを見下ろし、シャカは呟いた。
 賢くはあったが愚かだった。強くはあったが脆くもあった。頂点に君臨しながら、仮面で存在をひた隠しにする日陰者。
 振り返ってみれば滑稽でとても憐れな生き物のようにしかシャカには思えなかった。過去に存在した男を思い浮かべながら、そっと手を伸ばして、シオンの手に指先で触れ、満足したようにシャカが離れようとしたその時だった。

「っ!」

 グッときつく腕を掴まれて強引にシオンの眠る寝台から引き離された。そのまま引き倒されかけたが、かろうじて無礼な腕から逃れることに成功し、キッと閉じた眼差しで不快さを露わにシャカは睨み付けた。

「―――ここで何をしている?」
「あ……サ…ガ、かね」

 不届き者は誰かと思えば、何ということはないサガである。ここは聖域だ。彼がいてもおかしくはない。
 ただ、ここが十二宮でサガの守護する双児宮であれば、という注釈が必要だった。当然のように今いる場所はシャカの守護する処女宮でもなければ、サガが守護する双児宮でもない。教皇の間であり、その最奥たる寝所だ。場所が場所であり、サガの鋭い視線と張り詰めた様子も相俟って、シャカも頬を強張らせた。

 ――いつから、サガは居たのか。

 シャカが入ってくる前からなのか、それとも後なのか。シャカが入ってくる前ならば、何のためにここにいたのか。後だというのなら、誰も通さぬように命じたはずの雑兵の職務怠慢に怒りを少し覚えるが、サガを制止することはきっと困難であったのだろうと僅かな同情も沸いた。シャカがあえて人払いを命じてある最中、ズカズカと入り込んできたのだとすればサガの無遠慮な行動を怪訝に思う。
 どちらにしろ、滅多なことは口走ってはないはずだが、と背中に冷たいものを走らせ、警戒する。

「ただ、見舞いに来ただけだが、拙かったかね?」
「………」

 胡乱げに眉を寄せるサガの指の力は一向に緩む気配がなかった。何か云いかけたように口を開いたが、結局何も云わずにサガはいつになく厳しい表情できつく口を引き結んだ。   
 沈黙は然程長い間ではなかったと思うが、ピリピリとした空気がひどく長い時を刻んでいたように感じた。沈黙を先に破ったのはサガだ。グイと強引に腕を引きながら「来い」と短く告げ、濃密な小宇宙に包まれた。

「―――っ、離せ!」

 思わずシャカは抗議の声を上げ、サガの手を払い除けようとしたが、くらりと眩暈を催した。それでも抵抗しようしたのだが、徒労に終わる。一瞬の間もおかずに場所を移動させられていた。此処が今しがたまでいたシオンが眠る寝所ではないのは明白だった。
 薄明りに包まれた剥き出しの石壁。
 シャカが守護する宮によく似た造りであった。だが、室内を彩る装飾品は落ち着いてはいるが、どれも質の高そうなもので、鼻腔を掠める香りもシャカの守護する宮のものとは違った。それに力を揮った者がサガならば、おのずとその辿り着く先も決まっている。双児宮の私的空間なのだろうとシャカは推測したが、如何せん気持ちの悪さに思考が鈍る。
 サガによる強制的な移動によって、酔いそうになり、軽い眩暈からくる吐き気を催しながらシャカは小さく頭を振る。サガもシャカも聖域屈指の小宇宙を持つ者だ。そんな者同士が互いの小宇宙を同調せずにテレポートなど無茶苦茶すぎる。いや、狂気の沙汰だと怒りさえ沸く事態だ。
 小宇宙を燃焼させての瞬間移動は本来、手軽な手段ではあるが決して容易いものではない。ましてやここ十二宮では結界もある。下手をすれば大事故になりかねないのだ。もっとも、サガほどの手練れならば、滅多なことなど起きはしないだろうし、シャカとてそれ相応の力量をもっている。だとしても、シャカの同意なく、いや、強引に飛ばされたことがシャカには許せなかった。
 いつかのアイオリアのように強引に手を引かれ、階段を駆け下りたのとはわけが違う。小宇宙で捩じ伏せられたということがシャカの矜持をいたく刺激するのだ。
 剣呑な小宇宙を漲らせ始めたシャカを睨み付けるサガもまたひどく憤慨していた。

「――何のつもりかね、サガ。このような不躾な行為。君でも許せない」

 剣呑に問えば、サガもまた同様の空気を纏い返す。まるで鏡のような反応。

「それはこちらの台詞だ、シャカ」
「シオン教皇を見舞って何が悪いのかね?」
「あれがおまえの見舞い方だというのか?あのような……」

 破廉恥な、と汚物でも吐き出すように言葉を吐き捨て殊更にサガは顔を歪めた。ぎりっと掴まれた腕が痺れを伝える。いまだ振り払うことさえ許されていなかった。

「あれは――」

 見られていたのか、サガに。
 過ぎた戯れでしかない。けれども、いつぞやの教皇の間での場面を思い返し、サガの潔癖な面を思い出した。きっとサガはシャカのふざけた戯れが教皇に対して不敬であると捉えているのだろう。そう考えればサガの怒りももっともなのかもしれないと、急速にシャカは小宇宙を萎ませた。

「いつから……だ」
「え?」

 掴まれた腕がジンジンとさらに痺れを伝える。熱さえも籠りながら。
 僅かに気を取られていたため、一瞬サガに何を問われているのかわからなくて、シャカは怪訝に首を傾げる。すると苦しげにサガは呻き、シャカをまともに見ようともしないまま、苦々しく眉間に皺よせていた。
作品名:Quantum 作家名:千珠