Quantum
容易く引き受けた今回の件。
思いの外、厄介事も多い。そう思う理由のひとつには真正直であり続けてきた性分には合わぬことが影響しているのかもしれない。隠すだけならばいい。だが、隠すだけではなく、偽りの言葉を吐かねばならないことは後ろめたく、心苦しさを覚えるのだ。
他者の目線から俯瞰して見ろという教皇シオンのことばではあったが、今の余裕のなさでは厳しいものがあった。シャカがシャカであることを今までに窮屈だと思うことがあったけれども、意外にも自由な身の上なのだということもわかった気がする。
現状から早く解放されたくて、逃げ腰のような策を弄する。早々に片付けてしまいたい――どんどん心の安定さを欠いていく原因には心当たりがあったけれども、認めるには抵抗があった。ならば、排除するしかない。この厄介な原因を。
シャカはそう決心し、サガを誘き出すことにした。試しの君とサガが呼ぶ『アレ』となって。
場所として選んだのは絶海の孤島が群れ為す領域。
たまたまシャカが討伐で訪れた際に見つけた。人を寄せつけぬ厳しさと、自然の恵みに満ちた場所だ。あそこならば誰の邪魔も入らないはずだ。おおよその位置をサガに告げれば、あとは彼の秀でた能力でもって見つけるはず。そこでサガと対峙することにした。
密やかな緊張の中で、サガに『アレ』の気配を感じたと告げれば淡々とした感情の読み取れぬ返事だけが返された。優しいことばを期待していたわけではないが、労いのことばひとつもなければそれはそれで不満を覚え、鬱々とした気持ちは晴れることもなく、むしろ、ひどくなったような気さえしたが、まあ今更である。
「それでも行くしかない」
仕舞いこんでいた衣装のうち、初めて袖を通すものを選んだ。濃紺地に金の刺繍や装飾が施された、質素なのか豪華なのか、はたまた礼装のような軍服のようなよくわからない衣装だが渡された衣装の中で実は一番動きやすいものだった。ただ一つ、難点があったため今まで着用するのを敬遠していたのだ。
「これもなければ動きやすいのだがな……」
小宇宙を変容させ、誤魔化すためとはいえ、面倒だし、正直じゃらじゃらと煩わしすぎる装飾品も付け足す。呪たっぷりの装飾具も衣装と相俟って煌びやかなものとなり、やはり華美である。それに、マントを纏わなければ、貧相な身体なのがモロバレだなと全身を映す鏡の前でシャカは苦笑した。
以前にいくつかの衣装合わせをしたときもこの服はひと際、シャカの細身を浮き立たせていた。
『ううむ……けしからん。けしからんなぁ』
ぼそりと気難しそうな顔でシオン教皇が言い放っていたのを思い出す。きっと脆弱に見えたのだろう。そういうこともあって、あまり着るつもりはなかったが、先のアイオロスとの児戯により一番気に入っていた衣装が損傷したため、生半な相手ではないサガとの対峙であり、何がどうなるかわからないため万全を期する必要がある。より優位なものとなればこの衣装しかなかった。
脆弱な肉体を隠すため、フードつきのマントを羽織る。頭の天辺から足の爪先まできっちりと全身を覆い隠す仕様である。これで誤魔化しはきくだろう。多少動き辛くなるのは致し方のないことだ。黄金聖衣とは違い布製なのだが、長年慣れ親しんだ黄金聖衣のほうが軽く感じる不思議にやんわりと笑む。顔を半分覆う仮面をつければ、もう完璧。
少々ファンタジックだが、立派な勝負服だ。手を翳して、シオン渾身の如意金箍棒を取り出す。しっくりとした手に馴染む感が素晴らしい。すべてをやり遂げた後、褒美として貰い受けたいところだ、いや絶対に貰うとシャカは思った。
「さて、行こうか」
油断すれば思考の波に浚われそうになる気持ちを奮い立たせて、シャカは決戦の地となるだろう目的の場所へと意識を集中させた。
第一部 完