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Quantum

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3.

『一体、私と何を話したいというのか』

 突然の掌返しのような行動に当の奥宮は戸惑ったようだが、それでもサガを刺激する甘やかな闇はなりを潜めた。悟られぬようにサガはほっと安堵する。

「ありがたい。先程の非礼はお詫びしよう。許していただけるかな」
『気になど……していない』

 腕を組み、ふいっと横向く奥宮の姿。
 機嫌を損ねたかとも思ったが、『それで話とは?あまり時間がない』と問われて、さして気にはしていない様子に豪胆な者と認識する。せっかくの機会だ。ならばと思い切ってサガは尋ねた。

「では単刀直入に。あなたの名は?そして、あなたは何者で、一体何を為すために教皇の傍に侍っておられるのか」
『……』

 さて、どう答えるか。サガを納得させるに足る答えが返ってくるか、否か。

『まずひとつ。告げる名は持たない。好きに呼べばいい―――そして私は君たちの正義を試す者とでも言っておこうか。私の正体が何者であろうと、君たちには関係のないことだろう』

 なるほど。そうきたか――。

 サガは一度目を閉じ、思案した。ただの奥宮としては不可思議な力を持ちすぎる存在。あながち正義を試すというのも嘘ではないのかもしれない。十人いれば十人の正義があって当然。数多の正義を抱えた聖域において、どれが正しく、どれが間違いなのか詳らかではない。その芳醇な闇をぶつけられた時、人はどんな正義を示すのか。

 いや、私はどう在れるのか――サガはくらりと眩暈のような感覚に陥る。

「ほう……正義を試す、か。ならば、試しの君とでも呼ばせていただこう。しかし、なぜ教皇を誑かす必要がある?」

 シオン教皇すらその対象としているようにも思える。だが裁定者としてなら、わざわざシオン教皇に侍り、色を振りまく必要もないはず。

『それは心外だ。そのようなつもりは毛頭なかったが』
「違う、と?」

 思わぬ答えが返ってくる。探るように彼の者を見つめるが、すっぽりとヴェールに覆われて顔色は伺い知れない。ただ少しばかり不満げに歪む口元を捉えた。

『私を信用できないのは致し方のないこと』

 残念そうに、そして寂しげに届く声。まるでサガに信じて欲しいのだと云わんばかりに切なげに響いた。そんな風に思う自身もおかしいとサガは内心笑いながら、ならばその信に足る何かが欲しいとも思った。それをサガが口にしようとしたのだが。

『申し訳ないが……教皇に呼ばれた。時間切れだ』

 教皇宮のある方角にわずかに顔をあげて告げられた言葉。シオン教皇の邪魔が入ったのか。グッと奥歯を噛み締め、感情を押し殺す。

「教皇が?それは残念。また機会があればゆっくりと話をしたいものだ―――貴方と」

 謎は謎のまま。だが夢幻の生物ではなく、確かに存在する者なのだとわかった。
 どこか懐かしく、そして危うい闇を纏いながら染まることもなく、その本質は真っ新で無垢なようにも思える。だが、試しの君とは違い、その闇の深さも甘さも知るサガとしてはともすれば、引き摺りこまれ、堕ちていく危険性も孕んでいる。


 けれども。
 もっと知りたい。もっと近づきたい。


 その琴線に触れた時、蘇りからずっと遠ざかる一方だったこの世界にもう一度触れることができるような気がして、サガは挑むように見つめた。

『―――楽しみにしている』

 正義を試す者はサガを満足させる返しを与えたのち、風に躍り出るようにして断崖絶壁の闇へと消え、ようやく呪縛が消えたようにサガは一歩を踏み出す。

 先刻までそこにいた影の記憶を目で追いながら、トクトクと打つ鼓動を鷲掴むように手を胸に添えたサガは夜空を見上げ、そして教皇宮へと視線を移した。その双眸に炯炯と凶暴な光を宿っていることにもサガ自身は気づかないままで。

 たゆたうような上弦の月の光は静寂の中、双子座黄金聖闘士を物悲しそうに照らすのだった。








Fin.

作品名:Quantum 作家名:千珠