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Quantum

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2.

気配を殺し、辿る軌跡の先でサガが目にした者の正体は――。


 夜を切り取ったような濃紺色の衣装に身を包み、頭から体にかけての線を覆い隠すヴェールによって周囲の闇へと溶け込んだシオン教皇の奥宮だった。
 濃紺の布地に彩りを添える金色の刺繍と精緻な細工の施された宝飾が微かな月光さえも受け止め、星の瞬きのごとく煌めかせながら、危ういその立場を示すかのように断崖絶壁に身を置くその姿はどこか儚くもある。


 千載一遇の機会。


 この時を逃せば次はないかもしれない。そう思えばこそ胸も高鳴るものだ。
 さわりと吹く風に乗って奥宮の手から異端の力により産み出された蛍火のような淡い光。解き放たれ、それこそ蛍のように自由に舞う美しい光のさまにサガはしばし目を奪われながら、頼りなげで一人取り残されたかのようにも見えるその寂しげな背中をサガは見つめた。

 やがて蛍火たちが再び彼の者の周囲に収束した時、サガはようやく意を決して一歩を踏み出すと、その心許なげな背に向かって声をかけた。

「―――ここで何をしておいでか」

 ぴくり。

 僅かに奥宮の身体が揺れた、と同時にぶわりと立ち昇る小宇宙にも似た闘気が一瞬にして奥宮の身を包み、守るような結界が張られたことに気付く。やはり只者ではないのだとサガは身構える。

「……これ以上は近づくなということか。フッ」

 可能な限り近づき、言葉を紡ぐ。いまだに背中を向けたまま振り向きもせず、サガを威嚇する相手。警戒されて当然のだが、苛立ちだけではない何とも表し難い複雑な感情を抱く。

「少々、話をしたかっただけなのだが……それとも、私のような者とは口を聞くことさえも許されていないのか?」

 シオン教皇に従順な奥宮としての立場から他者に対して口を閉ざしているだけのか、それともシオン教皇以外は下賤な者と蔑み無視を決め込んでいるのか――どちらにせよ不愉快極まりないこと。おのずと口調も厳しくなる。
 夜風がふわりと奥宮を包み、ヴェールが風に乗って波打った。

『そのような規制などない』

 サガに届いた声は耳を通さずに、直接語りかけてきた。

「ほう、念話か」

 一瞬にして身の内に入りこまれたような不快さにサガは思わず眉根を寄せる。

『誰も私に強いることなどできない』

 サガに背を向けたまま語りかけてくる声。優雅でありながら、傲慢さも覗かせるその声にサガはギリと奥歯を噛み締める。

「それは重畳―――」
『―――っ!?』

 ならばその余裕、一体どこまで通じるか試してみようか。
 鋭く尖らせた小宇宙を彼の者に向けてサガは放った。避けきれず、奥宮が負傷するという可能性もあったが、きっと難なくサガの攻撃を交わすだろうと見込んで、本気で打ち込んだ一手。カラカラと小石が断崖に堕ちていく乾いた音だけが響いた。

 案の定、奥宮は見事サガの攻撃を交わしてみせた。背を向けたままで。清々しさすら感じる。

『随分と乱暴な』
「謎めく君との月下での出会いを祝して。教皇を誑かすほどの方だ。どれほどの力量を持つのか興味があったので……ね」

 サガはうっすらと笑みながら、闇夜を凝縮した背中を見つめた。

『誑かす、か。誤解を招くような言い方は少々気に障る……が、試したいのならば挑んでくるがいい』

 漂う夜風に身を任せるように、ようやくゆっくりと振り返った奥宮のヴェールが揺れる。赤く彩られた口唇がニィと弧を描いた。ざわりと沸き立つ胸底。トクトクと流れる血潮の流れも速まる一方だ。

 奥宮を覆う闇の気配がより一層濃く、深く、甘さを増していくのを感じる。官能的にすら思いながら、サガはいっそこのまま激情に身を委ね、渡り合いたいとすら願った。けれども、身を委ねたそのあとに何が残るというのだろう。

 奥宮の正体を暴くことが出来たとして、下手をすれば甘露のごとくの闇に囚われかねないとも思えた。理性的に物事を運ぶべき。だから今はまだ決する時ではないとサガは自重することを選び、攻撃的小宇宙を潜めた。

「本気で怒らせてしまったか……いや、失礼。確かに不躾だった。私は話がしたいだけ。どうか拳を収めてはいただけないだろうか」

 スッといきなり片膝を着き、サガは頭を垂れて最大限の礼を尽くしてみせた。


作品名:Quantum 作家名:千珠