冒険の書をあなたに
太陽はぎらぎらと照りつけて、そこここに陽炎を呼び覚ましてはその存在を刻み付ける。
ようやく二人のシルエットが離れたとき、ふいに悪戯っぽく微笑んだアンジェリークが立ち上がり、波打ち際へと駆け出していく。
「ルヴァも来て!」
振り返って手招くサンドレス姿のアンジェリークに、懐かしい制服姿の彼女が花のような笑みを浮かべて重なっていった。
あれは天空城で見た白昼夢────何故かは分からないが、その残像はいつだってあどけなく微笑んでいる──ルヴァの記憶の通りに。
もしかしたら……この世界でしか見ることの出来ない、いつかの思い出の記憶なのかも知れないとルヴァは思い至る。
例え今はもう目に見えなくとも、あの微笑みは永遠にここにあるのだ。
彼女の中にも、ルヴァの中にも──いつでも。
ぱしゃぱしゃと水音を立ててはしゃぐ彼女の側へ向かうべく、ルヴァはズボンの裾を捲り上げて灼けた砂浜を裸足で歩き出す。
「ルヴァー、受け取ってー!」
言うなり何かを投げて寄越すアンジェリークの声に、慌てて両手を伸ばした。
受け取った瞬間ぶにゅ、という嫌な感触がして、よくよく手の中を見てみれば──打ち上げられたクラゲ(砂まみれ)だった。わらびもち状のアレに酷似している、とすぐに気付き秒速で放り投げた。
「アンジェ! それは投げて寄越さないで下さいー! わざわざ砂をまぶすのもダメですよー!」
お腹を抱えて大笑いしているアンジェリークに憤慨して、足元近くで干からびていたヒトデを投げつけるルヴァ。
勿論ゆるーく投げているので簡単にキャッチされてしまったが、受け取ったアンジェリークはその干しヒトデをフリスビーのように海へとぶん投げている。
そうしてサンゴや貝殻を片手に集めながら楽しそうにあちこち見回している彼女を捕まえて引き寄せる。
二人の足元で軽やかに踊る白い砂を小さな波が瞬く間に攫っていく。
アンジェリークの澄み渡る瞳をじっと覗き込み、頬を包み込んだ。
この遠浅の海と同じ夏の色をしたエメラルドグリーンの瞳は今、柔らかく微笑んだルヴァの姿だけを映している。
「……いつか」
満ち足りた笑みでアンジェリークが囁く。
「いつか、わたしたちが死ぬまで一緒にいられる日が来たら……こんな場所を探しに行きましょうね」
そうっと互いの指を絡め合わせて、刹那、遠い未来へと思いを馳せる。
「ええ……約束です」
その言葉にアンジェリークの眩い笑顔が花咲いて、ルヴァも釣られて顔を綻ばせた。
それから暫く二人で肩を寄せ合って、寄せては返す潮騒の囁きに耳を澄ませた。
すぐには果たせない約束が、またひとつ。
それでも今はただこの愛おしい時間を心の中に留めて、いつかまた二人でこんな景色を見たいと願う────優しいこの世界に似た、何処かの星で。
そして遠く潮風に乗り聴こえて来たのは、九時課を告げる鐘の調べ────