冒険の書をあなたに
白い砂が浅瀬からなだらかに盛り上がった小さな浜辺を歩き、木陰に荷物を降ろした。
魔法の絨毯を再び広げておいて、アンジェリークが待ちわびた様子でバスケットの中身を覗き込み、あれこれ取り出して並べ始めた。
「もーおなかぺっこぺこー! サンチョさんのラ〜ンチ♪ な〜にかなっと♪」
上機嫌のアンジェリークの姿に目を細め、ルヴァはそれから手元に理力の杖を置き周囲の様子を流し見た。
危険な場所や動植物はないかとざっくり視認する程度ではあったが、この世界では何が起きるか分からない。用心に越したことはないのだ。
「何が入っていました?」
幸せで胸が一杯だったルヴァの体も、さすがに空腹を訴え始めていた。
「えっとねー、まずは……飲み物発見!」
硝子の瓶にしっかりとコルク栓で封をされていたのをルヴァが栓を抜き、中身の匂いを嗅いでみる。
「ああ、ルイーダさんブレンドのお茶のようですよ。あなたが以前ポピーと一緒に飲んでいたものと似た香りです」
「ローズヒップかしら、やった! あのお茶大好き!」
ルヴァは早速グラスに注ぎ入れて、アンジェリークに手渡す。
「紅茶とブレンドしてあるみたいね、これも美味しいわ。それにまだ冷たい」
言われて瓶を良く見ればうっすら凍っている。この世界では冷凍の技術はまだ発達していない筈だ、誰かがヒャドを弱くかけたのかも知れないとルヴァは予測した。
実際のところその予測は当たっている。ポピーが二人のためにこっそりと瓶を取り出してヒャドをかけていた。
「あとはー……うわっ豪華!」
薄いライ麦パンの間に具がぎっしりと挟みこまれたサンドイッチにクロワッサン、色とりどりの野菜のピクルス、腸詰め肉に厚切りベーコン、ローズマリー風味のフライドポテト、チーズやオレンジなどが隙間なく詰め込まれていた。更に小さな布袋の中にはメダル型のチョコが入っており、これも飲み物同様きっちり冷えていた。
それらをたわいもないお喋りと共に胃に収め、食べ終わったところでアンジェリークが満足気に呟いた。
「あぁ美味しかったぁ! それにしてもサンチョさんってほんと優秀よねー。気が利くし家事は万能、育児もお任せできる上に戦いにも秀でてるらしいし……」
片付けながらにこにこと満面の笑みを浮かべてサンチョを誉めそやすアンジェリークとは対照的に、ルヴァの顔はすぐに困り顔へと変わった。
「そうですねえ、だからこそあの年齢まで独身なのでは?」
何が楽しくて最愛の人から別の男への賛辞を聞かされなくてはいけないのか────それも仮初めとはいえ結婚式を挙げたばかりだというのに。
口調こそいつもの通りだったが中身は結構な毒を含んだ言葉に、アンジェリークが目を丸くした。
「あら? なあにルヴァったら、酷いこと言っちゃって……なんか怒ったの?」
「別に怒ってませんよ」
立てた膝に肘を乗せ、手の甲に唇を押し付けるようにしてふいと目の前の海へと視線を向けた。
「ルーヴァ?」
ひょっこりとルヴァの顔を覗き込もうとするものの、そっぽを向いたままだ。
「…………」
「あ、無視したー。ふうん、そっちがそういう態度取るんだったら……」
ルヴァの腕の辺りにふわりと柔らかな感覚がして、甘い香りが仄かに漂ってきた。
アンジェリークが身を寄せてきたのにはすぐに気付いたものの、子供じみた意地からなんとなく引っ込みがつかないまま固まってしまった。
突如唇の感触が首筋へと這わされて、それに驚いたルヴァが膝から腕を離した瞬間、アンジェリークが滑り込み彼の腰をまたいだ。
真正面からルヴァを見つめる顔は、既に熟した林檎のように赤くなっていた。胸の高鳴りと共にルヴァの頬にも熱が集まっていく。
「……意地悪しないで」
するりとアンジェリークの両腕がルヴァの首筋をなぞり、肩を通って指先が優しく髪を梳いた。
「あなたがサンチョ殿を誉めそやすからですよ……」
見詰めたままお互いの唇を食み合っているうちにルヴァの両腕がアンジェリークの背と後頭部に回された。
綺麗に纏められていた金の髪を優しく解きながら、口付けが深くなるにつれてその手には情熱が宿っていく。