冒険の書をあなたに
すたすたと戻ってきた二人へ、ティミーが声をかけた。
「お父さん、お兄ちゃんとお話終わったー?」
「うん、ぼくたちは今からレヌール城に行ってくる。ティミーも来るか?」
歩きながらティミーの髪をぐしゃぐしゃにして、やめてよー、と小さなブーイングが起きた。
「行く行く!! ……でも、なんで?」
「昨日ね、カンダタ子分が出たんだって。ルヴァが倒して城に放置してきたんだそうだ」
「えー! お兄ちゃん、カンダタ子分と戦ったの!? 結構強かったでしょ。ぼくたちだって四人がかりだったのに」
すげー、と目をきらきら輝かせてティミーがルヴァのほうを見つめた。
「まあ……アンジェが攫われてしまったんで、とにかく必死でしたからねー」
今度はその言葉に反応したポピーが、兄同様瞳をきらきらさせながらルヴァを見る。
「攫われたアンジェ様を一人で助けに……! ルヴァ様カッコイイです……!」
いたく感激した様子でぷるぷる震えるポピーに、乾いた笑いでルヴァが頬を掻いた。ビアンカがその様子に口の端を上げて燃料を投下する。
「そういうの乙女心にはぐっとくるわよねー? アンジェさん」
かくいうビアンカもデモンズタワーでリュカが助けに来た際、実は内心とても嬉しかったのを覚えている。
普段は割と冗談を言ったり穏やかな笑みを浮かべているリュカが、服のそこここに血痕を飛び散らし鬼神の如き形相で宿敵を睨んでいたあの日の姿は、これから先も忘れ去ることはできないだろう。
アンジェリークがくすくすと笑いながら頬を染めた。
「ふふふ、そうね。しかも一人で戦うって言ってきかなかったのよ、この人。……でも、助けに来てくれて嬉しかったの」
ふしゅう、と音を立てて頭のてっぺんから湯気が立ち昇りそうなほど真っ赤になったルヴァが片手で顔を覆い隠して、照れ隠しにひとつ咳払いをした。
「……それはそれとして。アンジェはここにいて下さいね、またあなたを狙うかも知れませんから」
ルヴァの言葉に少し唇を尖らせて不満そうなアンジェリーク。
「ええーっ、わたしも一緒に行きたいのに。だめ?」
上目遣いの「お願い」でも、ルヴァは首を横に振る。
「だめです。お願いですからここにいて下さい」
リュカたちといるほうが安全なのは分かっていたが、カンダタ子分のあの見苦しい姿を見せたくないのだ。見かねたビアンカが口を開く。
「確認するだけなんでしょう? だったら皆で行っちゃいましょうよ、固まっていたほうが安全でしょ」
ね、と女性陣が顔を見合わせている。
「……仕方がないですね。しかしかなり見苦しい状態になっていますから、女性の目に触れさせるのはちょっと……」
ルヴァはうーん、と唸り困った顔で眉根を寄せて、リュカが半笑いでツッコミを入れる。
「なんせすっぽんぽんでギッチギチに縛られてるそうだからねー」
「えええっ? そんなにギッチギチに縛ってはいませんけどねえ」
ルヴァとリュカのやりとりがなんだか漫才のようだとアンジェリークは思いつつ、ひとまず全員でレヌール城へと向かうことになった。