冒険の書をあなたに
誰一人としてさようならと言わなかった。
ルヴァがアンジェリークの背をとんと促して、二人は光の階段を上り始める。
この世界との別れを惜しむようにゆっくりと、一歩ずつ。
二人が上るに連れて光がどんどん輝きを増して、視界が少しずつ白んでいく。
「……お兄ちゃん!」
ティミーの声に、ルヴァがはっと振り返った。
一家全員がこちらを見上げて大きく手を振っていた。
「お兄ちゃん、元気でね! お姉ちゃんも……っ!」
結局またぼろぼろと泣きながら叫んだティミーの姿にルヴァの目が大きく見開かれて、アンジェリークの耳に聞き慣れない言葉が聞こえた。
「────!」
アンジェリークにはなんと言ったかは分からない。
しかし唇をわななかせて発された嗚咽混じりの声音でおおよその見当がついた。
眩しさに目が眩んでいよいよ目を開けていられなくなった頃、ルヴァはふいにアンジェリークを抱き寄せた。
「……目の色も髪の色も話し方も何もかも違うのに、どうしてこんなにも、あの子を……もうとっくに土へと還ったはずの弟を思い出してしまうのでしょうね。涙が止まりそうもないのは、どうしてなんでしょうか……」
強く強く抱き締めるその腕が震えていることにも、微かな嗚咽にも、アンジェリークは気付かないふりをした。
ルヴァの背にそっと手を宛がい、黙したまま温もりを伝えていた。
「ですがとても……とても素敵な冒険の旅でしたね、アンジェ。あなたと一緒で本当に良かった」
そうして、眩さに耐え切れずに目を閉じた刹那、二人の意識が途切れた────この世界へ来たときと同様に。