冒険の書をあなたに
そして周囲への事情説明も終わり、ルヴァはようやく執務室へと戻ってきた。
こちらでは丸一日が経過していただけで、宇宙への影響もほとんどなかったことにまず胸を撫で下ろした。
余程心配していたらしく、涙目でアンジェリークを叱り続けるロザリアをジュリアスと共になだめるのはなかなか骨が折れた。
最終的にはアンジェリークが「ごめんねロザリア、だいすき」と言って黙らせていた。あの可愛さは卑怯だ。
落ち着いたことだし久し振りにまた読書に没頭しようか────ほくほく顔で書架へと近付いて、ルヴァはある違和感に足を止めて固まった。
「……………………えっ?」
書架の一部が思い切り崩壊し、整然と並べていた筈の本がめちゃくちゃになっていた。
「えええええええっ!? なっ、なんで!? どういうこと……」
呆然としたまま崩れた書架を見つめ、ふと一つの答えに思い当たった。
「……パルプンテ……なんて恐ろしい呪文でしょうか……」
これが後に片付けを手伝った守護聖一同から爆笑された「時空を超えた呪文事件」の顛末である。
(今日はもうこれ以上考えるのはよしましょう、片付けも明日からで……はぁ)
一人ガックリ肩を落としていたところへ、コンコン、と控えめなノックの音がする。
「はいー、開いていますよ。どうぞ」
下がりきったテンションで返事をするとゆっくり扉が開き、アンジェリークがそろりと入ってきた。
「ルヴァ、体は大丈夫?」
ふわりと微笑む愛しい人の姿に、落ち込んでいた気分が少しだけ回復した。
「ええ大丈夫ですよー。陛下はお加減いかがですか」
陛下、と呼ばれた途端に口を尖らせるアンジェリーク。
「また陛下って呼ぶー。あんまり言うと指輪外しちゃうから!」
新手の脅しが来た、とルヴァは内心苦笑する。
「それは困ります。許して下さい、アンジェ」
するりと抱き寄せてアンジェリークの瞳を見つめた。
「ほんとに無理はしないでね、向こうであんなに大怪我したんですもの」
ぎゅうっとルヴァの体に抱きついて頬を寄せるアンジェリーク。
「傷は塞がっていますから……暫くは鉄分をしっかり摂らなくちゃいけませんけどねー」
「そうね。緑茶は少し控えてね、鉄分の吸収を邪魔しちゃうから」
既に十杯ほど飲んでしまったとは口が裂けても言えない。
「でも暫く飲めなかったんですよー。うーん……だめ、ですか?」
基本的に執務室で一人きりなのだし許可など取らずとも好きにすればいいのだが、異世界での出来事とはいえ夫婦となった以上は堂々と妻の許可が欲しいルヴァだった。
「食後すぐはだーめ。おやつタイムならご自由に」
「それくらいなら我慢できますよー」
そう言いながらアンジェリークへと口付けた。甘い余韻に蕩けてしまいそうだった。