冒険の書をあなたに
ふいにルヴァとアンジェリークの上に影が降りた。
あ、と声を出したビアンカの様子に二人が振り返ると、そこにはリュカがからかうような瞳で二人を覗き込むように立っていた。
「おやおや〜? なんかぼく抜きで内緒のお話してますね〜?」
アンジェリークがまた、リュカの足音がしなかったことに気付く。
これは奴隷としての生活で身についてしまった癖なのかも知れない。
ほっとしたようにビアンカが頬を緩ませた。
「リュカ……。ねえ、ヘンリーさん大丈夫だった?」
リュカは長椅子に座るビアンカの足元へどかりと座り込み、眠そうに目を擦った。
「ああ、もう寝るってさ。涙目でぼくの背中殴ってさ、これは餞別じゃないからなーだって」
その言葉にふっとルヴァが微笑んだ。
「餞別と言っちゃったら、お別れって意味になっちゃいますからねー」
「はは。あいつもああ見えて寂しがりなんですよ。口は悪いけどなんだかんだと心配してくれるんです」
アンジェリークの視線がルヴァへと注がれた。その目元に愉悦の表情を浮かべている。
「そういうところ、なーんか誰かに似ていますね?」
口の悪い寂しがりは聖地にもいるのだと、二人は視線で語り合った。
「ええ、そうですねぇ。赤い目をした寂しがりと良く似ていますねぇ。でもどちらかというと、コリンズくんのほうが似ていると思うんですよ、私」
ルヴァからすれば彼も十に満たない子供くらいに見えているんだろうか、いやそれはまさかいくらなんでも、とアンジェリークが訝る。
「さすがに子供と同列に並べちゃうのは可哀想じゃないかしら……彼ももういい年なんだし……」
「そうですかー? あーでも、最近はすっかり大人になっちゃって、ちょっと寂しいなあと思うんですよねー」
アンジェリークはすかさずリュカの後に戻ってきたマリアへと声をかけた。
「……マリアさーん、コリンズくんに困ったら呼んでね。ルヴァが面倒みたいんですって。この人元気な子の世話が得意なの」
正確には振り回されるのが得意、と心で付け加えた。当人もそれをちょっと楽しみにしている節が見えるのだから、あながち間違ってはいない。
「えっ? えっ、いや別に得意とかそういうわけじゃ……! アンジェ! 聞いてますかー!」
それから暫くの間大人たちの陽気な笑い声が続いて、ラインハットの夜は更けていった。